第二章 第三話
そして、彼女が部屋を出てから、少し経った時、またノックの音が鳴る。この部屋には休息というものがないのだろうか……
「失礼します、出雲和桜であります」
相変わらず軍服を靡かせて入ってくる。
「先日の作戦では、行き過ぎた口をきいてしまい申し訳ありませんでした」
「柄にもない事を言うなよ。それに、別にここではいつも通りでいいぞ」
和桜が深呼吸した。
「まぁ、すこし行き過ぎたことをしたと思うけど、アレがどれだけ逸れた言動だったか、わかっているの?」
ごもっともだ……おそらく、和桜のあの行動が無ければ、艦隊の指揮系統は完全に混乱していただろう。
「申し訳ない……」
「あなたが作戦の本来の目的を失っては、艦隊が路頭にまようことはわかるわよね?」
「はい……」
「ほんとに、それで一等海佐に昇進ですって?まったく、私が一等海佐に昇進してもいいんじゃないかしら?」
本当に言い返す言葉がない。いつも和桜のペースに乗せられてばかりだ……
「まぁ、そんな私も、やっと前のあなたに追いつけたのだけどね」
「え?」
そういって、わざとらしく、軍服をなびかせた。
「お、お前……」
その軍服には今までとは違うバッジがつけられていた。
「そうよ、やっと二等海佐よ……長かったわ……」
「おぉお!それはめでたいじゃないか!おめでとう!出雲二等!」
少し嬉しそうにしている和桜はかわいいというものだ。これがギャップ萌えッッ……
「と、いっても、あなたが一等海佐に昇進したから、結局同じステージに立つことはできなかったんだけどね!!」
「ッッ!!」
目の前のいかにもお高そうな机が和桜の足によって大きな音を鳴らした。
「どーどー……」
思いついた言葉がそれだった。
「私は牛でも馬でもないのだけど?」
「まぁ、土佐君とは差がついたから、それで勘弁しといてあげるわ」
「そうか、土佐は三等海佐のままか……これで三階級明確な序列が出来たというわけか」
「とはいっても、これからも永遠に、あなたに本心で敬う気はないわよ?ただ、軍紀を保つために、表面上敬語を使ってあげるけど……」
「軍紀を保つためね……それでよく上官の顔を叩けるわけだよ……ツンデレなんですか、あなたは?」
「あら、もう一回やられたいという意思表示かしら?」
「なんでもありません」
「まぁ、なにはともあれ、翔太……昇進おめでとう」
「和桜も……」
なんとも言えない、恥ずかしい気分だ。学生時代青春のせの字もしていない俺たちにとっては新鮮な事だ。軍人という職業上、精神年齢は同年代よりも成熟しているが、恋愛年齢は中学生にも劣るレベルだ……
ステータスの振り方を間違えた、異世界主人公とは別の意味で同じだ。
「では、これで……」
「あぁ……」
敬礼をして、出雲二佐は光が差し込む司令室から出て行った。
「はぁ、夜のミーティングまでまだしばらくあるな……すこし仮眠をとr……」
睡魔に負けそうになり仮眠を取ろうとしたその時、勢いよく扉が開いた。
「んッッ!」
まるで背後にキュウリを置かれた猫のように驚く。
「やぁやぁやぁ。どうだいこの部屋の居心地は」
昨日までのこの部屋の主がやってきた。
「つい先ほどまでは快適だったんですけどね、せっかく仮眠が取れると思ったのに……」
「ハハハ、仮眠とはさすが一等海佐ですな」
「何をいっておられるんですか……海上幕僚長ともあろう人がここで油を売っていていいんですか?はやく横須賀に戻られてはどうですか?」
「冷たいな……まぁ、なんだ、明日には呉を出るよ。ちなみにお前も連れて行くからな」
「なんでぇ?!」
予想外の言葉に思わず敬語を忘れてしまう。もとより、陸奥海将……じゃなくて、陸奥幕僚長とは仲がいいので今更気にするほどでもないが、出雲二佐の言葉を借りるなら軍紀を保つため、敬語をつかわなければならない。とでもいっておこう。
「実はな、台湾政府の仲介で、帝国側と会談を持つことになった。それで、この後台湾に向かうんだが、それを呉艦隊……と、いっても少数でだが、向かうことになった。だからまぁ、なんだ。横須賀にはしばらく戻らないよ」
台湾政府……いつの間にそんなに大きな事を動かしていたんだ……
「ちなみに、どの部隊を連れて行くのですか?」
「君に任せるよ。そうだな、希望としては空母一隻護衛艦四隻くらいでいいだろう」
「では、かがを中核として、みねかぜ・しぐれ・あきしも・しらぬいの五隻の編成でいかがでしょう?」
呉における優秀な艦を集めたといっても過言では無いだろう。やはり、敵との会談だ。何が潜んでいるか分かったもんじゃない。呉の優秀な艦を集めても心もとないが、最善策だと言えるだろう。
「明日配属の船をいきなり二隻とも出すのか?」
「もちろんです。やはり、船員も新しい船になれておく必要がありますし、それに呉に所属している艦艇の多くは、先の海戦で損傷を負っていますし……これがベストではないか、と考えます」
少しでも損傷している船を出すのは、リスクが大きい。
「そうか、お前自身が指揮をとってくれるのか、そりゃ安心だ」
「さっき、お前もつれていくって言ったじゃないですか……」
「いやぁ~それは、アレだ、かがの艦載機に乗って護衛してくれてもいいのになぁ~と、ふと思っただけだよ」
「大学校時代の航空部門の成績を御存じで?」
「もちろん知っているとも、廊下に君の航空部門の順位を張り付けたのは私だもの」
そう。俺が、大学校の最終評定で航空部門がビリだったことを、大学校の生徒全員に知られている。このおっさんが、俺の成績を嬉しそうに廊下に張り付けやがったからだ。本当にアレには参ったよ……
陽気に笑ってやがる。どうして、コレが幕僚長なのだろうか……
「それはそうと、私はみねかぜに乗せてもらうよ。君の指揮っぷりをじっくり見たいからね」
「あぁ、そうですか……分かりました」
「じゃぁ、また夜に会おう」
「はい……」
笑いながら陽気な幕僚長が出て行った。
「不幸の陸奥が乗艦かぁ……これはなにかおこりそうだ……」
いつの間にか少し陽が傾いている空を眺め、神に祈る。どうか、無事に帰ってこられますように……
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