第二章 第二話

 そして、真っ先に鎮守府内の自室に向かう。しかし、自分の部屋の中は閑散としており、かつての自分の部屋はすっかりと姿を消していた。

「そうか、これからは司令官室かぁ……」

 階段を上り、鎮守府の最上階の一番真ん中の部屋へ向かう。

 思わず癖で扉をノックする。

「っと……ノックは必要なしか」

 扉を開くと、赤いカーペットの綺麗な床と、窓ガラス一面にひろがる軍港が目に入った。

 それをみて、改めてこの部屋の主になったこと。そして、これから呉のみんなの命を背負ったことを自覚した。


「失礼します」

 そういって先ほどまで一緒にいた山道三等海佐が入ってきた。

「赤城一等海佐!!ご就任おめでとうございます!」

「そんなそんな、ありがとうございます」

 年上に敬語で敬礼されるのは変な気分である。大学校卒業時からとんとん拍子に出世したせいで、こういう事には慣れているはずなのだが……

「これで、やっと陸奥海将のお世話役もおしまいですな」

「全くですよ」

 二人して笑う。いつも場の雰囲気を和ませてくれる山道三佐の素晴らしい所だ。

「で、話は変わりますが、むらさめの件で……」

「あぁ、今日の夜の集合時に話すよ……」

「そうですか。承知いたしました!それでは失礼いたします!」

 ただ、そう言い残し彼は去っていった。

『むらさめ型護衛艦一番艦むらさめ』この勇ましい船は、海上自衛隊の新勢力として配備されてからもう20年以上もの時間が過ぎた。そして、今日を持って任を解かれる。

 思い返せば、俺が初めに配属された船であり、今日まで幾多の任務に就いてきた。初めは横須賀所属の艦艇であったが、俺が就任すると同時に呉にやってきてそのまま呉の中核を担う重要な船になった。改修を重ね、同型艦とはまた違った独特なスタイルを確立した素晴らしい船でもある。

 この司令室から見える軍港の一番目立つ所に入港した理由はそういうことだ。

 それもあり、俺は一等海佐就任と共に、むらさめ艦長の任を解かれた。代わりに、明日呉に所属になる新しい護衛艦の艦長になる。

 明日は呉に新しく二隻の船がやってくる。みねかぜ型護衛艦 一番艦みねかぜ 二番艦しぐれ みねかぜはむらさめと、しぐれはゆうぎりとバトンタッチというわけだ。この二隻は同型艦とはいえ、天と地ほど差がある。俺が乗るみねかぜは砲撃に特化し、前方に20.3㎝単装砲を二基二門後方に対艦ミサイル4基、15.5㎝三連装砲が一基とかなりの火力を誇る。反対にしぐれは前方に20.3㎝速射砲が一門のみ。その代わり、ステルス魚雷を両舷合わせて12門積んでいて、速力に特化させた船である。今後所属される護衛戦艦との組み合わせを考え設計されている。


 と、配属する艦艇の事を考えながら陽に照らされ反射する海と艦艇を見ていると、ノックの音がした。

「失礼します!」

 扉を開け入ってきたのは、身長175前後の背の高い女性自衛官だった。

対馬桐子つしま きりこ三等海佐であります!本日付けで呉鎮守府に着任いたしました!」

 威勢の良い声とは別に、彼女は俺の目を奪った。

 その軍服越しに伝わるルックスに目を引かれるのは至極当たりまえの事なのかもしれないが、そんなことより……

「初めまして、赤城翔太一等海佐です。さっそく質問するようで悪いが、その額のものは……」

 彼女の額には『大和魂』と書かれたハチマキがまかれていた。

「は!これは、本官の大切にしている言葉であります!」

「大和魂ね……」

「大和魂であります!!」

 なんとも心地の悪い雰囲気になってしまった。愛そう笑いをすることしかできない。

「失礼ですが、赤城一佐殿は大切にしておられる言葉はございますか?」

 唐突に難しい質問をしてくるな……

「そうだな……己を知り己を信じ己を裏切れ、かな」

 彼女ほど大切にしている言葉か、といわれると疑問が残るが、昔から自分で大切にしている言葉であることには変わりはない。

「己を知り己を信じ己を裏切れ……ですか。それは一体どういった意味なのでありましょうか?」

「意味かぁ。そうだな、軍人にとって自己管理というのは大切だ。そして、時には苦しい場面で自分を信じることも。だがしかし、自分が設定した基準を壊して、さらに大きな力を引き出さなければならない時がある。まぁそんな意味だ」

 臭い言葉を放っているようで照れ臭かったので、窓の方を向いていたが、ふと彼女の方に視線を移すと、彼女は輝いた目でこちらをみていた。

「さすが一等海佐殿!!この対馬感動致しました!」

「は……はぁ……」

 今まで出会った事のない人種なだけに、困惑してしまう。

 ショートカットの黒髪に整った顔。モデル顔負けのスタイルに加え大和魂ときた。これは中々癖が強そうだ……土佐に会わせたら案外合うのかもしれないな。

「対馬三佐といいましたね……」

「はい!」

 対馬三等海佐。しぐれの艦長になる女だ。それと、対馬という苗字は俺の母方の苗字と同じなので、どこか親近感を覚えてしまう。雰囲気もなんだか似ているようで……いや、お母様はもっと凛としておられる。ウンウン。

「しぐれの艦長として、責務を全うしてくださいね!どうぞよろしくお願いします」

 と、印象は大切だ。しっかりと笑顔で応答しておく。

「こちらこそ!司令殿の船を全力でお守りいたします!期待に応えて見せますよ!」

 彼女もニコッと笑顔を零した。少し変わっているように見えるけど、根は真面目で優しくて良い子なんだろうな。どこぞの誰かさんと方向性は違えど、似ているな……

 かもめの泣き声がする。そんな穏やかな呉には戦いからは遠い潮の香りが広がっていた。

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