第一章 第二十話

「艦隊先頭のゆうぎりから入電!敵誘導弾確認!対空戦用意!!」

「了解!対空ミサイル射出用意!主砲二番三式弾に切り換え!!」

「対空ミサイル準備完了!一番二番うち~かたはじめ!!!」

 先ほどの対艦ミサイルとは対極の左舷側に積んでいるミサイルが勢いよく飛び出す。他の船からも飛び出し一直線に敵のミサイルへと向かう。

 敵のミサイルは更に速度を上げ近づいてくる。艦隊中央に位置するむらさめからも目視できるほどに。

「三式弾斉用意……」

 二方向から相対峠するミサイルが、大きな衝撃波を発し、空に炎と黒煙をばらまいた。

「レーダーに反応あり!来ます!」

「対空戦闘はじめ!二番砲塔うちかたはじめ!!」

 三式弾が空中に描くその黒煙を悪戯に切り抜けてくる飛翔体。うち漏らしたモノが艦隊に牙を向く。そして、艦隊からは細い光が次々と空へ放たれていく。

「総員衝撃にそなぇええええええ!」

 回避行動を起こしても、誘導弾は振りほどけない。どれだけ対空砲火をしても、敵から放たれたミサイルが多すぎて、堕としきれない。

 その瞬間、むらさめに大きな衝撃が走った。

「直撃は回避した!損傷確認急げ!!!」

 幸い直撃は回避したが、海中で爆発したミサイルの破片で艦尾方向はズタボロになっていると考えられる。

「速度低下!!機関部やられました!」

 今井航海長が声をあげる。

「対空砲火の手を緩めるな!!なんとしても直撃弾だけは回避しろ!!」

 機関部がやられた……それは自力航行不可、回避不可能を意味する。この状況下においての絶望的ともいえる損害である。

「ゆうぎりから入電!!直撃弾多数あり!艦首切断!!総員退艦命令!死者確認せず」

「艦首切断だと?!かが、はくほうに救出要請を!」

 艦首切断……誰もがその入電に息をのんだ。護衛艦がたった数分で海の水雲と消える。しかし、まだ艦首でよかった……もし艦橋になんか当たっていた日には、数百人の命が一瞬で

散る。

「現時刻をもって、ゆうぎりを破棄!むらさめが前にでる!」

「了解」

 艦隊中央からゆうぎりが位置していた最前線へ移動する。旗艦が前に出るとリスクは高くなるが、回避・砲撃などどの部門に関してもむらさめの船員のレベルは高い。最小に被害を抑えるならこれがベストであろう。

「各艦被害状況を報告!!」

 次々と報告が入る。幸いゆうぎり以外に直撃弾はなく、損傷軽微で済んでいる。しかし、ここにきて護衛艦一隻の損失は大きい。それは単純な戦力としても、精神的な不安要素としても……

「ドイツ艦隊より入電!!国籍不明の潜水艦より攻撃を受けている!応戦中、指定海域の指定時間到達困難!!」

「現在のドイツ艦隊の所在地は!」

「正確には分かりませんが、指定海域より15海里南西付近です!」

「了解!ドイツ艦隊に、潜水艦の対処を第一に。と伝えてくれ」

 国籍不明潜水艦……おそらく中国海軍の未申請艦だろう。これで挟撃は出来なくなったというわけか。となると、航空隊にもう一度出撃してもらうしかない。敵艦の轟沈の可能性があるが、ドイツ艦隊なしで、あの中国艦隊に挑むならそれしか道は残されていない。

「これより再度航空攻撃に転じる!相模三佐に連絡、準備が完了次第貴官の判断で出撃セヨ!」

 この航空隊の攻撃が終ると同時に砲撃戦に入るくらいである。ギリギリの距離ではあるが、致し方ない。

「相模三佐より入電!コレヨリ出撃ス」

 本当に人間業とは思えない速度で、甲板上に待機していたSW-21Sは空へと舞った。それに続くように色の違う尾翼を持ったSW-20が飛んで行った。

 さすが海上自衛隊のエーストリオだ。他の機体をほっぽり出して飛んでいく協調性の無さも似ているよ……

 毎度の事ながら、後方から勢いよく艦隊前線に位置するむらさめを抜いていく空の魚たちに敬礼をする。


 航空隊の発艦から約五分。

 敵艦隊はもう目と鼻の先である。そろそろ攻撃がはじまる頃合いだ……

「副長。むらさめは持ちますかね」

「最後の正念場といった所ですかな……あとはコイツに懸けるだけですかな」

 流石は副長。副長とこの話を直接交えたことは無いが、むらさめの異常には気づいていたようだ。事情を知っている岩波はじめ砲術科の奴らを除いて、艦橋にいた人間のほとんどが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

「最後は盛大に花を咲かせてやりましょうぞ」

「ですね!」

 副長の紳士的な笑みが妙に心地よかった。


「航空隊土佐三佐から入電!敵護衛艦一隻の轟沈を確認!相模機被弾自力航行可能!その他損傷軽微」

 相模機の被弾か……それでもその他が損傷軽微というのは本当に恐れ入った……

「了解!航空隊に急ぎ帰艦命令を!そして、全艦に通達!航空隊が帰艦次第、艦隊は砲撃戦に移行する、主砲敵艦隊に向け斉射用意!」

 第二次世界大戦中の船とはわけがちがうので主砲回頭時間はあまりかからないが、船員の気を引き締めるためにも早いに越したことはないだろう。

 穏やかな海だ……こんな平和な海を見ているといつしかの夏休み。友人と近所の海へ飛び込んだことを思い出す。すっかり人間の活動のせいで汚れてしまった海はしょっぱさのなかに油の味が混じっていた。

 いつから人間は環境を守る生き物から環境を破壊する生き物へと変わってしまったのだろうな。発展のためには妥協を惜しまないようになったのはいつからなのだろうな。そしてどうしてこうも人は強大な力を持ち争うようになったのだろうか。他人の命を軽く見るようになってしまったのだろうか。


 航空隊の最後の一機が今まさにひりゅうに着艦した。

「航空隊収容完了です!」

「了解!主砲斉射用意!目標敵艦隊!うちかたはじめぇえええ!!」

「主砲斉射!うてぇえええええ」

 むらさめの前方に位置する一番主砲が火を噴く。そいつが立てる音は勇ましさの中にどこか悲鳴を上げているようにも聞こえた。

「そうか……お前も血を流させたくはないんだな……」

 むらさめの声ははっきりと聞こえてくる。この船の不思議の一つでもあるのだが、船体は全然廃れないのに、武装だけが異常な速度で廃れていく。多分それはコイツが発していた一種の意思表示なのかもしれないな……

 船は艦長に似るとはよく言ったものだよ。

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