第一章 第十八話
海は朱く染まり、艦隊は減速を始める。
本日の終わりを告げるように、近くの島から飛んできた鳥が鳴いている。
相模三佐による再編成も済み、ドイツ艦隊とも作戦会議を行い、準備は整った。
「敬礼!!!!」
そして今、本日の戦いで命を落とした家族達との最後の別れを行っている。彼らはこの広大な海に眠っている。この冷たい海で人生という名の大きな道に終止符を打った。
周りでは涙を流しているものも多い。当然のことだ。急に海の家族が失われた。しかも骨さえも残らず誰にも気づかれないところで、儚き花となって散った。
むらさめの艦橋で俺は敬礼をしている。立場上涙を流すのは少しみっともないので、俺は艦橋を出て後部甲板へと向かった。
後部甲板に着くと、いつも忙しそうに作業している船員の姿は無かった。むらさめは損傷が無かったので、明日の戦いに備え早めに休ませている。仲間を失ったことで体だけでなく心も疲弊している。
後方を航行しているかがではまだ作業員が甲板上で忙しく作業している様子が見られる。
そして、その渦の中から離れて、飛行甲板の先端部で立派な軍服をなびかせている一人の女性が立っていた。俺は、近くにかけてあった双眼鏡を手に取り、彼女を見た。
「和桜……」
誰にもバレないように船員に背中を向けて先端で泣いているのが見えた。“冷酷無比な女”とも度々揶揄されるほどの軍人脳な彼女のこの様子を皆がみたらどう思うだろうか。彼女は確かに昔の帝国軍人のように真っすぐで妥協を許さず厳しく接する。ただそれは彼女自身が、船員の事が大好きだから、そしてかがを預かる身としての責任を重く受け止めているから。
彼女がかがの艦長に就任する際、沢山の反対意見が出た。かがの初代艦長に就任予定だった男がいた。その男は優秀ではあったものの、和桜ほどという程でも無かった。そして、陸奥海将をはじめとした総司令部は出雲和桜の能力に注目し、彼女を艦長へと抜粋した。
決して彼女が、その男から艦長の座を奪おうなどと考えたわけではない。ただ、これからの荒れていく情勢の中での最善策をとっただけなのである。だからこそ、彼女は俺より大きなプレッシャーや責任を負っている。
今は艦員も揶揄しながらもしっかりと行動してくれているが、これも彼女の努力によるものだ。
そんなことを考えながら、ふと我に返ると、双眼鏡越しに和桜と目があった。
「あ……」
不機嫌そうな顔をしてこちらを睨んでくる。これはあとで痛い目を見そうだ……
双眼鏡を急いでしまって、艦橋へと急いで戻った。
起床ラッパが鳴り響く。
まだ陽は出ていない。
暗闇の中、艦隊の命運を分ける一日が始まった。
「いよいよですな」
「ですな」
副長とそんな短い会話を終えた。
艦橋メンバーは起床ラッパよりも30分ほど早く起き、すでに出発の準備を進めていた。
夜通し操縦してくれた、操縦士や偵察員と交代する。
起床ラッパから一気に用意を始めた船員が、忙しくあちらこちらを走り回る。
ほかの船でも、暗闇の甲板を走り回る人影が見えた。
それを見て、俺はグッと艦長帽をかぶり直した。
「第三戦速よーそろぉ!!」
朝の気合を、そして戦いへの気合を入れなおすように叫んだ。
「第三戦速よーそろ」
今井航海長が声を上げる。
むらさめは静かに回っていたボイラーから一転して、おおきな轟音を鳴らしはじめた。それと同時に周りの船からも轟音が上がる。
そして、海には少しずつ希望の光が注がれていた。
交戦海域まであと一時間。そろそろ航空隊の発艦時間だ。
「全艦全船員に告ぐ!今回の作戦はあくまで敵戦力の無効化だ!敵を撲滅することではない!なるべく敵勢力の死人を出さないように攻撃せよ!多少の犠牲は構わない。しかし!俺たちは全員無事に日本に帰ろう!!暁の水平線に勝利を!」
これ以上死人は出さない。それが味方でも敵でも。
「相模三佐いけますか?」
はくほうへ連絡を入れる。
「もちろん」
「頼みます」
かが・はくほう・ひりゅう から勢いよく機体が飛びだす。
銀の翼が出てきたばかりのお日様に反射する。今日は、黄色のラインと青色のラインは競うことなく編隊を守りながら飛んでいる。
「全機発艦完了です!」
かがの副長から連絡が入る。
「了解!!これより艦隊は砲撃戦突入海域へ移動する。第四戦速280度よーそろー」
艦隊が一斉に面舵をとる。中国艦隊は予想進路より少し遅めの行動をしているため、余裕で包囲戦に持ち込める。これならドイツ艦隊の遅れも大きく許容範囲に入る。
頼むぞむらさめ、最後までもってくれ……
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