第一章 第十五話

 一時間ほど艦隊は海を進んだ。敵艦隊が予想を上回る速度で、接近してきたので、あと十分もしないうちに、ミサイル射出海域へと到達する。

「全艦に告ぐ!作戦は先ほど伝えた通りだ!尾張三佐の指示に従い、各艦攻撃を実行されたし!あと十分ほどで開始する、最終調整へ移れ!威嚇ではない、全力であてよ!」

 むらさめでも砲術班が忙しく動く。むらさめは後方に対艦ミサイルを二基だけ積んでいる。この船は他の船と違いカタパルトに加え後方にヘリが着陸できるスペースがある。昔は、後方にヘリが発着艦できるスペースがすべての護衛艦にあったのだが、2004年の大改修でそのスペースにカタパルトがつけられたのである。むらさめは、特型ということもあり、元々簡易カタパルトが設置されているので、後方のスペースはそのままヘリが発着艦できるというわけである。そうそう、簡易カタパルトとは俗にいう射出機のことである。

 そのスペースになにやら近づくヘリが現れた。

「副長、あのヘリはどこの部隊ですか?」

 副長は黙って腕を組んでいる。何も教えてはくれない。不審に感じながらもヘリは日本の部隊のモノであるのは確実なので、危険性はないと判断し、あえて言及しなかった。

「艦長、下でお待ちです」

 扉を開けてむらさめの通信使が、俺に告げた。

「一体誰が?」

 通信使に尋ねても答えてはくれなかった。そして、副長に後を頼み、言われるがまま、俺はヘリの方向へと向かった。


 艦橋から降り、左舷沿いを歩き、後方へと向かうと、そこには和桜がいた。

「出雲三佐いったいどうしましたか……?」

 艦長自らが、作戦中にわざわざ艦を降りて他の艦に来るなんて異例である。

「赤城二佐。先ほどの指示は一体どういったおつもりですか?」

「どういったつもりもなにも、最善の策を伝えただけだが?」

 なにか腑に落ちないように和桜が再度問う。

「作戦の内容ではありません。その後の言葉はいったいどういったおつもりで?」

 そのあとの言葉。正直何を言っているのか分からない。

「なんの話だ。ミサイル作戦開始まで時間がないんだぞ。分かっているのか。それに、君だってまた出撃しないといけないんだぞ?君も一軍人なら、優先順位くらいわかるだろ?」

 少し口調が強くなってしまう。

「お言葉を返すようですが!赤城二佐こそ、日本を背負う自衛隊としての自覚はあるのですか!!」

 和桜が、これでもか、とばかりに詰め寄ってくる。

「な、なんだと!!」

 これには、普段柔和な俺もカッとなってしまう。周りの船員達がどうしたらいいか分からなくなっている時に、山道副長が現れた。

「まぁまぁ、夫婦喧嘩はこれくらいにしてください」

「「誰が夫婦ですか!!」」

 困り果てたように、副長が苦笑いをする。

「副長。後を任せたはずですが?」

「今は航海長に任せています。それより、出雲三佐いいたいことがあるのでは?」

 和桜がため息をつく。

「ありがとう山道三佐」

 いえ、と一言だけ告げ、副長は艦橋へと戻っていった。

「赤城三佐。先ほどの、全力であてろ、という指示は不適切なものであると判断します。いくら戦争であるとはいえ、今回の作戦の基本方針は、カタパルト並びに敵武装の無力化であります。仲間を失った報復をしたい気持ちはわかりますが、司令たるもの、ここで取り乱して何をお考えか!この距離で例えホーミングなしでも、当ててしまったら、敵艦の轟沈の可能性もあるかと考えます。まだ、憲法改正がおこなわれていないこのタイミングでは自衛の為の武力の度を越し、自衛の武装から外れてしまうと考えます」

 そう告げた目は、本気だった。怒りの目ではなく、どこか俺を心配しているようにも思えた。

「言葉を返すようで悪いが、仲間を失ったんだぞ?」

 その熱意に圧倒されながらも、反論する。

「それでもです。自衛隊はあくまで国を守るためのもの。敵国を攻撃するためのものではありません。赤城二佐は一体どうされたのですか……いつもの赤城二佐の方が私は好きです。どうか正気を取り戻してください!」

 そういって、和桜は両手で思いっきり、俺の顔をはさんだ。痛い。ハンバーガーのトマトはこんな気持ちなんだな。

「痛い!なにをするんだ!!和桜!!」

 思わず普段の呼び方をしてしまう。一応、彼女から見た俺は上官。そのあまりにも常識外れの行動に周りの船員達は顔面蒼白になっている。

 しかし、そんな痛がっている俺を見て和桜は笑った。

「それでこそ赤城二佐です!では私は戻ります。作戦指揮よろしくお願いします」

 笑みを浮かべたままそう告げ、肩にかけている軍服をなびかせ、ヘリにのりこみ、そのままかがへと帰っていった。

「伊達に長く友人やってないわけか……」

 俺はヘリを見ながら、和桜にされたように顔面をパシッと叩き気合を入れなおした。さすがにアイツの半分くらいの力だけどね。それにしても、あいつは俺の事を”好き”って言った。言ったよね!?絶対!顔がカッと熱くなる。

 そして、陸奥海将の言葉を思い出した。

「40%……」


「山道副長ありがとうございました」

「いえ、私はなにもやってませんよ、出雲三佐の行動に感謝するべきですよ。それと、なにやら顔が赤いようですが?艦長の照れていらっしゃる姿も新鮮でよいものですね」

「これは、叩かれて腫れているだけです!あと、夫婦じゃないですからね?」

 もう一度釘をさしておく。副長はニコリと笑みをこぼした。


「全艦に通達!コレヨリ作戦ヲ開始ス!あくまでも威嚇攻撃だ!あてないようにな!尾張三佐頼みます!」

 尾張三佐から了解との返事が返ってきて、各艦に攻撃の指示がとぶ。

「むらさめ、対艦ミサイルうてぇ!」

 尾張三佐からの指示が一番初めにむらさめにとんできた。

「対艦ミサイル射出用意!最終安全装置解除!解除確認!一番二番射出!!」

 岩波砲術長が手元のボタンを押した。

 それと同時に後方から射出されたミサイルが、前方の広大な大海原へと勢いよく白煙をあげて飛んでいく。

 むらさめのミサイルを先頭に、段階的に他の船からも射出される。


「赤城Jr.……おっと。ゴホン。赤城二佐!全弾射出完了しました」

「ご苦労様です。では、これより、通常作戦行動へと戻ってください」

 相変わらずどこかチャライ西の暴君から作戦終了の報が入った。

 先ほどの和桜の言葉を思い出す。自分の心の歯車が、またあるべき姿に戻ったような感じがした。

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