第一章 第十四話

「はぁ。出雲が無事で本当に良かった」

「艦長声漏れてますよ」

 今井航海長が何かを察したように口元に手を当てて笑みを浮かべる。口元に手を当てるくらいなら、舵をしっかりと握っててもらいたいものだ。

「艦長にも春が訪れましたかな?」

 いつもは真面目な副長まで俺をからかってくる。

「山道副長まで……もぉ~違いますよ~!」

 艦橋が笑いに包まれる。作戦行動中ではあるが、緊張しきった艦橋にはいいほぐれになった。そこまで考慮できる副長は流石である。の一言に尽きますね。

「ともかく!第二次攻撃隊の入電後、追撃に移るか、撤退するかが決まる。各員油断はするなよ!」

 

 10分ほどが経過し、出雲機と故障機が帰艦した。甲板上の故障機の後方からは黒煙があがっている。エンジン内部で不完全燃焼を起こしているな……

 かがの消火隊が一斉に水をかける。で、当の出雲は颯爽と降り立ち、甲板の先端で風と戯れている。

「第二次攻撃隊相模三佐から入電!!我が隊被害甚大!!攻撃失敗!!艦隊の直接攻撃を求む!繰り返す艦隊の直接攻撃を求む!」

 被害甚大……やはり初手は様子見だったということか……何事も甘くいかないものだな……

「了解!これより、我が艦隊は攻撃に転ずる!第四戦速よーそろー!我に続け!!」

 むらさめが一気に速度を上げる。それに周りの艦も陣形を崩すことなくついてくる。この速度でいけば、射程にとらえるまでは三時間といったところか……

 敵艦隊も航空戦力を又こちらに寄越すだろう。三式弾のままで航行するか。

 中国艦隊との殴り合いか……彼らの新型艦はアメリカ国防省も駆逐艦ではなく巡洋艦と認定するほどで、一万トンオーバーの排水量をもつ。日本のまや型でも釣り合わないほどの艦艇である。

 航空戦力による早期無効化が一番の打開策か……

「空母三隻に通達!第一次攻撃隊使用機の早期補給並びに整備を求む!」

 すこしでもはやめに出しておきたいところである。なるべく味方艦の被害を減らしたい。そのためには一隻でも多く無効化することが重要となってくる。

「艦長。尾張三佐から入電です」

「わかった。つないでくれ」

 尾張三佐も同じ考えなのだろう。

「赤城だ」

「尾張三佐であります。意見具申申し上げます。対艦ミサイルを敵艦隊に向け発射することはどうでしょうか?我々のミサイルにはホーミングシステムが搭載されておりませんので、命中の確率は低いですが、威嚇程度にはなるかと思われます」

 威嚇射撃か……はたしてやる気満々彼らに効くかどうかは分からないが、ホーミングシステムをつけている誘導弾を所持している可能性があると、誤認させることができるかもしれない。

「その意見に私も賛同する。艦隊司令の名において当作戦を承認。交戦予測海域までヒトマルを切ったところで発射せよ。当たればもうけもの。無駄に弾薬を消費するわけにもいかないので、各艦3発ずつとする。それでよろしいか」

「承認感謝します」

 そういって尾張との無線が切れた。

 さすが西の暴君だ。作戦を客観的にみることができている。演習でも評価された“結果を読む力”は伊達ではないな。

 とにかく今はこの海を進むのみ。時刻は早くもおやつの時間に差し掛かろうとしていた。この調子でいくと夜戦の可能性もでてきた。夜戦だけは避けたい。条約違反のステルス魚雷なんて使われたら、一隻や二隻簡単に沈んでしまう。そうなれば最後。もう結果は見えてるよね……


「かがより入電……第二次攻撃隊帰艦率30%。14機の損失、帰艦機6機うち2機損傷」

「14機のロストか……操縦士の射出信号を確認した機体は?」

「残念ながら」

 機体が被弾し、緊急脱出を行った際には、信号が母艦へ届くように設計されている。つまりロストした機体に取り残されているというわけだ。それはすなわち脱出の失敗……死を意味する。

 そのあまりにも残酷な入電に、むらさめの艦橋は静まりかえる。

 14機のロスト、14人の死とはすなわち14人の家族を失ったことになる。

 先ほどの入電で予想していた被害を遥かに上回っていた。こんなに被害の出る戦闘が行われたのは半世紀以上ぶり。俺たちはどこかで死者など出ない。と、平和ボケを起こしていたのかもしれない。だから相模三等の”被害甚大”にも、被弾したか。くらいにしか思わなかったのだろう。

 どうして……どうしてこうなったッッ!なんで、彼らはこんなところで眠らねばならないんだよ!俺の作戦指揮能力の低さか。敵に情けをかけたのが間違いだった。

 俺は思わず、拳を叩きつけた。涙を流している者もいる。大切な仲間が……大切な家族が失われてしまった。彼らは勇ましく戦った、その結果、広大な海の墓へと相棒と運命を共にした、ということだ。残酷な結末である。

「全艦に通達。これより、第一航行序列に陣形変更。徹底的に敵艦隊を叩く。各員、戦闘準備。繰り返す。戦闘準備」

 沈黙を守っていたむらさめ艦橋から悲しみに包まれた艦隊へ声を放つ。仲間の死が戦争を教えてくれた。そう、これが戦争だ。幾千の人に二度と会えなくなる。それが戦争だ。戦争に情けはいらない。先に攻撃し、世界を裏切ったのは彼らだ。威嚇射撃?必要ない。全力で叩きにいくまでだ。

 むらさめのボイラーは大きな音を立てる。陣形変更のために速力をあげる。それと同時に俺の心のなかの歯車が何かに後押しされるように、逆回転を始めた気がした。

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