第一話 第十話

 艦隊の補給が終わり、気づいた時にはいつのまにか陽が落ちていた。

 船員達は作業が終わるやいなや、すぐに眠ってしまった。艦橋では岩波砲術長が幸せそうに椅子に体重を預け眠っている。まるで、明日から一切の油断もできない状況になるなんて予想もつかないほどに。

「まだ、おやすみになられてなかったのですか」

 そういって山道副長が声をかけてきた。

「なんだか落ち着かなくてね」

「そうですか。今夜は星が綺麗ですな」

 そう言われて見えた星は確かに綺麗だった。

「日本じゃ中々都会の光に邪魔されて見えませんしね」

 ここ台湾軍港は周りが山に囲まれており、たとえ軍港が襲撃にあっても一般国民に影響が及ばないように設計されている。そのおかげで、軍港の光が落ちている今、広大なキャンバスに星たちが輝いている。

「死者は星になる、といいますよね?」

 山道が問いかけた。

「えぇ。そういいますね」

「妻もあそこにいるのでしょうか?」

「副長のお嫁さんはきっと生き生きと輝いていらっしゃいますよ」

 そう。副長のお嫁さんは有名な女優さんであったが、撮影で沖縄に行っている時、大日本帝国の攻撃が再開され、不幸にも巻き込まれ命を落とした。現在大日本帝国との戦いにおいて出した三人の戦死者の中の一人だ。

 山道副長はどこか悲しそうな顔をしていた。

「では、私はそろそろ休ませてもらいます。艦長もお早めに、明日から休息もとれない可能性もありますので」

「分かりました。ありがとう山道さん」

 俺は艦長としてではなく。一人の青年として返答した。そこに深い意味はない。


 星を眺め、副長との話を思い出しながら、もし自分が最愛の人を失ったら果たして立ち直れるのだろうか、と考えているうちに、眠ってしまっていた。

 まだ艦橋ではみんな寝ている。といっても岩波砲術長と今井航海長だけであるが。

 まだ陽は顔を出したところである。水平線から少しずつ出てくるのはなんだか趣深いものである。

 起床ラッパが各艦より鳴り響く。次々と船員は起き始める。

「はぁ~よく寝たぁ~。腰がいたいなぁ」

「起きたか。昨晩は幸せそうに眠っていたね」

「艦長?!はしたないところをお見せしました!!」

 岩波がまるで猫のように飛び起きた。

「今井一尉、起きて早々で悪いが出港準備を頼む」

「了解であります」

 あと三十分しないうちに艦隊は南シナ海へ向かう道へと進まなければならない。戦が始まる。

「副長、少し船を頼みます」

 他愛もない会話を交わしているうちにひっそりと艦橋に入ってきていた山道副長にはしっかりと気づいていた。岩波の驚く顔がとても面白い。そんなにビビらなくても。

 俺は船を降り、見送りに来ていた護衛軍の参謀長に挨拶をする。

「本当にありがとうございました!この軍事協力によって、台湾も危険なことになるかもしれません。その時はすぐに呼んでください。最速で駆けつけます」

「いえ、お気になさらずに!承諾した時点でそんなことは覚悟の上です!それよりも、どうかご無事で」

 俺たちは敬礼を交わし、互いの健闘を祈り別れた。いよいよ出港だ。ココアのように甘い闘いなど目の前には残されていない。あるのはビターなコーヒーのような戦いだけだ。

「出港用意!!!錨あげぇええい!!」

「了解!錨あげます」

 ガラガラと錨が巻き取られる。

 台湾籍のタグボートに曳かれる。タグボートの船員へ敬礼をする。

「両舷前進微速!むらさめ出港!!!」

 スクリューが一段と生き生きと回る。頼むぞむらさめ。

「台湾護衛軍 護衛空母宋休より入電“貴艦ノ安航ヲ祈ル”」

 全く、あの青年も粋な計らいをしてくれる。

 信号旗をあげるように指示する。ありがとう台湾。なんとしても、この素晴らしい国を母国と同じように守り抜く。待ってろ帝国!!

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