第一章 第二話

 今夜は陸奥海将主催の祝勝会が行われる。尚、主催者は横須賀への招集のため不在の模様。ほんとについてないな、陸奥海将は。さすが別名“不幸の陸奥“恐れ入るぜ。

 決行は、祝勝会中盤。そっと、テラスへ呼び出し、シャンパンでも片手にしながら彼女へ伝える。脳内では何年もの間にわたって何回もシミュレーションしてきた。海戦と同じだ。何パターンも考えておくことで、柔軟に対応し、成功への近道を見つける。

 すっかり陽も落ち、月明かりが鎮守府を照らし始めた。祝勝会の開始の合図の空砲が鳴る。いよいよだ。こんなことを立場上言ってはならないが、海戦より緊張する。心が張り裂けそうだ。不覚だな、まだまだ俺も子供のようだ。

 式典の為にクリーニングをかけておいた軍服に身を包み、俺は自室を出て祝勝会の行われる第一ホールへと向かった。


 会場に入ると、今回の戦いで共にしてきた艦長・副長や、広島県のお偉いさん・防衛省のお偉いさんと、錚々たるメンバーが揃っていた。

 残念ながら、役職のついていない船員達は、ここのホールではなく、一つ下の第二ホールにいるので、共に祝杯を挙げることができない。まぁ、艦隊全員をここに集めたら、間違いなくキャパオーバーだからね。それに、そんなやつはいないと信じているが、テロ行為を行う可能性はないとはいいきれない。無事に終わる蓋然性の方が遥かに高いが。

「あら、赤城君、いえ赤城二等海佐とでも言えばいいかしら?」

 和桜が悪戯な笑みを浮かべて近づいてくる。真っ白なパーティードレスに身を包んでいて、まるで雪国の女王様のようだ。

「なんだよ。で、なんなんだその服装は……軍服はどうした?」

「あら私がオシャレするのがそんなに変かしら?」

「そういう訳じゃないけど……とても似合ってると思うけども」

 やばい。つい口にしてしまった。綺麗すぎる和桜に見とれているなんて、そんなこと絶対に言えるわけがない……

 そんな俺の様子をみて、更に和桜は追い詰めてくる。

「はぁ。私には女の才能がないのかしら。こんな男一人堕とせないなんて。私は飛行機を堕とす事しかできないのね……」

 バレバレなウソ泣きをする。

「ば……っなことないさ!君は綺麗だよ!ウンウン」

 かかったな、とばかりに和桜が元気を取り戻す。

「ありがとう♪艦隊司令様に褒められちゃ、私もまだまだ捨てたものじゃないわね♪」

「だから、その呼び方やめろ、和桜」

 フフッと可愛く笑う。素直な奴だな。かがの船員からは怖がられているみたいだが、まぁ仕方ないか。仕事モードになると、一気に獲物を狩る虎のようになるし。

「ところでさ、少し、外に出ないか?」

「外に?別にいいわよ」

 俺にしては上出来な流れで、誘うことが出来た。心臓のボルテージがどんどん上がっていく。鼓動が早くなるのが全身で感じる。いかんいかん。落ち着かなければ。

 俺たちは、グラスを片手に、ホールの外にあるテラスにでた。月明かりに彼女が照らされる。触れれば壊れてしまいそうな、そんな感じさえ感じさせる。今まで気にしたことは無かったが、綺麗な肌だ。って、俺は何を考えているんだ。全く。

「月が綺麗ね。翔太」

 彼女が、久しぶりに翔太と呼んでくれた。

「なぁ、和桜。俺、キミに言わなきゃいけない事がある」

「うん?なにかしら」

 緊張で今にも張り裂けそうな俺に対して、余裕ぶった表情で、大人な和桜がこちらに微笑む。今すぐにでも、その包容力に飛び込みたい。君を抱きしめたい。

 俺は落ち着くために。深呼吸をした。

「防衛大学校の入学式、君と出会った時の事、覚えているかい?あれは桜舞う綺麗な一日だった」

「ねぇ、翔太……」

「桜並木で君に見とれていた僕に、君はニコッて微笑んでくれたね」

「ねぇ、翔太って……アレって」

「それが、僕はうれしくてうれしくてたまらなかった。どう表現すればいいのか、正直言葉では表せない。しいて言うなら、運命を感じたといった感じかな」

「ねぇ!翔太ってば!!」

 緊張で少し下を向いていた俺はその声で正気を取り戻し、彼女の顔を見た。いつもの彼女の冷静さはかけらも見られなかった。

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