僕の前の席の宇宙人

山田 マイク

第1話 僕の前の席の宇宙人


 僕は知っている。


 僕の席の前の席の井端さん。

 井端結衣さん。

 この子は宇宙人なんだ。


 見た目はただの地球人と同じ。

 話す言語も、内容も、地球人。

 普通に暮らしてる地球人だ。


 いいや、普通じゃないか。

 井端さんはとっても美人だから。


 それはとにかく、僕が彼女を宇宙人だと思う理由は首筋にあった。

 これは多分、僕しか気付いていない。

 授業中、ふとしたときに気が付いたんだ。


 井端さんの首、うなじより少し下の辺りには――スイッチがあるんだ。


 普段は長い髪に隠れていて分からない。

 でも、金属で、マーブルチョコくらいの大きさのそれは、確実に彼女の首の付け根にあった。


 最初はロボットだと思った。

 未来からやってきたアンドロイドだ。

 でも、体育の時間に、彼女が膝を擦りむいた時、傷に血が滲んでいるのを見て違うと思った。

 ロボットに血は流れていないから。


 ある日のこと。

 僕は思い切って彼女を尾行した。

 その日は放課後に少年野球の練習があったけど、我慢できずに井端さんを追いかけた。

 

 井端さんは郊外の県営住宅に住んでいるという話だった。

 僕はバレないように距離をとって、彼女を追った。

 すると人通りのほとんどないあぜ道で、急に立ち止まった。

 神社へと至る階段がある、鳥居の前だ。

 どうするのかと思ったら、彼女は辺りをきょろきょろと見回したあと、一気に階段を登り始めた。


 一瞬の間をおいて、僕は慌てて走り出した。


 階段は急で、長かった。

 見上げると、もう井端さんは頂上付近まで登っていた。

 僕は確信した。

 どう考えても人間の速さじゃない。

 あの子は――やっぱり宇宙人だ。


 僕は思わず嬉しくなって、夢中になって追いかけた。

 石階段は頭上に雑木林がはみ出していて、まるで木のトンネルのようだった。

 

 しかしこの階段、こんなに長かったっけ。

 登りながら、僕はおかしいなと感じていた。

 ここは年に一度、夏祭りのときに、お神輿を奉納するときに使うお社さまだ。

 前に上った時は、こんなに疲れなかった気がする。


 野球の練習でもこんなダッシュはしたことがない。

 僕はよろよろになりながら、頂上付近にやってきた。

 石階段に寝そべるようにして、境内の様子を確認する。


 するとその中央に、井端さんがいた。


「ねえ、出てきなさいよ。追いかけて来てるのは分かってるんだから」


 こちらに背を向けたまま、井端さんが言った。


 僕は心臓が飛び出ると思った。

 バレてた。

 体中から汗が噴き出した。


 なんだかいつもと口調も違う。


「ごめん。別に、悪気はないんだ」


 僕は姿を現して、境内に入った。

 その瞬間、体中を違和感が襲った。

 声もおかしい。


 な、なんだ、この“空間”。


「中村君、だよね。どうして私を追って来たの」

「ご、ごめん」

「謝る必要はないわ。理由が知りたいの」

「理由、は特にない、かな」

「理由はない?」

「う、うん」


 井端さんは僕を見つめて、ふん、と顎を上げた。


「見え透いた嘘ね。あなたは、私の“正体”を知って追いかけて来たんでしょ」

「正体?」

「そう。私が、普通の人間じゃないって気付いた」


 井端さんは僕に近づいてきた。

 僕はごくりとつばを飲み込んだ


「……うん。実はそうなんだ」


 僕は正直に言った。


「井端さん、僕の前の席だからさ。いつも不思議に思ってたんだ。首のスイッチ」

「……そう」

「ねえ、井端さんって、何者なの? その首のボタンは、何なの?」


 井端さんは少し考える素振りを見せた。

 それから小さな声で、「これはスイッチじゃないわ」と答えた。


「これは蓋なの」

「ふた?」

「そう。私は巫女をやっていてね」

「巫女さんって、お正月とかに神社にいる、あの」

「そう。でも、私は雇われた巫女じゃないの。神に仕える本物の神楽。魔を滅する御役目を持った神子」

「魔を滅するって――」


 不謹慎かもしれないけれど、僕はその時、胸がときめいた。

 なんだか――すげーカッコいい響き。


「私の首には、そのための“穴”が開いているの。それを塞いでおくための蓋」

「つ、つまり、魔物を封印するための穴ってこと?」

「そう」

「井端さんは、そうやって魔物と闘ってるってこと?」

「そういうことね」


 井端さんは言った。

 綺麗な目が、とても冷たく光った。


「あなたも、私に惹かれたのね」


 井端さんは言った。

 心を読まれた。

 僕はますます嬉しくなった。


 僕はこういう、非日常に憧れていたんだから。


「僕も仲間に入れてくれないかな」


 僕は思いきって言ってみた。

 実を言うと、僕は、ずっと井端さんのことがちょっと好きだった。

 美人だと言うこともあるんだけど、彼女の雰囲気というか、纏ってる空気が好きだったんだ。

 

「中村君。悪いことは言わないから、もう私には近づかないで」

「ど、どうして」

「その方が良い。お互いのために」

「井端さん、僕が嫌いなの?」

「そうじゃないわ。ただ、あなたは誤解してる」

「誤解? 誤解なんてしてないよ。ねえ、一緒に遊んでよ」

「中村君。よく思い出して。私の席は、教室の

「何の話だよ。ねえ、井畑さん、そんなことはいいから、僕を仲間にーー」


 僕は手を伸ばした。

 その時、また違和感を覚えた。

 体が重い。


「結界を張ってあるのよ」

 と、井端さんは言った。

「この世のものではない人間は、この場所ではろくに動けない。あなたに勝ち目は無いわ。まだ引き返せる。中村君、目を覚まして。あなたはもうーー」


 死んでいるのよ。

 井端さんはそう言って、僕を睨み付けた。


 僕は首を傾げた。

 何を言っているんだ。

 僕が死んでる?


「そんなこと言って、僕を拒絶するのか。僕は井端さんのことが好きなのに。ずっとずっと、好きだったのに!」


 頭に来て、僕は彼女に襲いかかった。


 すると彼女は刹那、とても悲しげな顔をした。

 そして黒くて美しい髪をかきあげ、うなじにあるボタンを、素早く引き抜いたのだった。


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僕の前の席の宇宙人 山田 マイク @maiku-yamada

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