融合召喚ミルクティー 後編

 校舎の裏側までくると、グラウンドで叫ぶ運動部の声も、基礎練なのか同じ音を繰り返し出し続ける吹奏楽部のラッパの音も、どこか別世界のもののように聞こえる。五月も半ばといえども、夕方にもなるとこの場所は日当たりが悪く、苔っぽいしっとりとした冷たさまで感じられる。


 この校舎裏には、老朽化のために来年改修されることが決まっている文化部の部室棟がある。部室棟には立ち入りが禁止されているため、当然人通りもほとんどない。

「なあコパン君、こんなとこに用事なんてあるの?」

「え? ああ、うん。そうだけど……」

 そうだけどなんで付いて来てるの君、とはさすがに聞けなかった。だって陽キャ君と大して親しくないし、また異文化コミュニケーションするのも嫌だし。


 本当は一人で済ませようと思っていたのだが、まあ別に人に見られて困るというわけでもない。かといって人に見せるようなものでもないけど。

 校舎裏の暗がりには、唯一ポツンと立っている自動販売機がある。今日の目当てはそれだ。


「そこの自販機、改修工事の時に撤去されちゃうらしいんだよね」

「あー紙パックの牛乳とか売ってるやつでしょ?」

「そう。他にもカフェオレだのイチゴオレだの牛乳アレルギー持ちが絶対利用しない自販機」

「そっか……こいつもなくなっちゃうんだな。結構好きだったんだけど、ここのカフェオレ。練習の時もよく飲んでたし」

 件の自販機の前までやってくると、陽キャ君はしみじみと呟いた。やっぱりこの人は運動中に飲むと脇っ腹が痛くなりそうなものを好む傾向があるようだ。いや案外、全国運動部所属陽キャ協会的にはこちらがスタンダードなのかもしれない。


「でもコパン君、さっきアイスティー買ってなかった?」

 僕が自販機に百円玉を入れ始めているのを見て、陽キャ君は訝しがる。自然、左手の中の半分ほど残っているアイスティーに、二人の視線が集まる。

「うん。ミルクティーが飲みたくてさ」

「……?」


 この自販機は数字選択式だ。三番のボタンと決定ボタンを押すと、目的の二百ミリの牛乳を目指して、自販機内部のリフトが駆け上っていく。


 ところで、僕はこのタイプの自販機が好きだ。普通の自販機は中が見えないせいもあってか、飲み物が受け取り口まで飛び降り自殺をしてくるような印象を受けるが、リフト式(という呼び方で合っているのだろうか?)の自販機にはなんとなく商品に対する愛情が感じられるからだ。姫を迎えに行く白馬の王子、とまではいかなくても、酔いつぶれたおっちゃんを救う運転代行くらいの温もりはある。


 リフトが降り切ったので僕はパック入りの牛乳を取り出す。冷たさを手に感じ少し安心する。こんなうらぶれた場所にあっても冷却機能はきちんと作動しているらしい。


「これちょっと持ってもらってもいい?」

「え? あ、うん」

 僕は飲みさしのアイスティーを、呆けた顔をしてこちらを見つめる陽キャ君に手渡す。彼は両手で握りしめていたミルクティーを片手に持ち替え、空いたもう片方の手でアイスティーのキャップを掴む。

 僕はそれを確認した後、新しく召喚したパック牛乳を開け始める。頭頂部の山の片側を開き、注ぎ口を引っ張り出す。うん。上手く開けられた。


「取って」

「え?」

「アイスティーの蓋、取ってもらっていい?」

「あ、うん。はい」

 状況が飲み込めていないのか、陽キャ君は言われるがままだ。

「ほい、取ったよ」

「ありがとう」

 僕は彼から蓋の空いたアイスティーを慎重に受け取る。


 僕の手元には召喚獣、もとい召喚汁が二体。

「融~合~召喚‼」

 突如奇声を上げ始めた僕にビクッとしている陽キャ君を尻目に、僕はアイスティーのペットボトルに、牛乳をドボドボと注ぎ始めた。

「うわっ! ちょっ! おいコパン君! 何してんだよ‼」

「何って……融合?」

「いやいやいやおかしいでしょ何してんのよてか零れる零れる‼」

「え? いや大丈夫だよ」

 だってこのペットボトル五百ミリだし。対して牛乳は二百。半分くらい飲んどきゃ、まあ零れることは無いでしょ。簡単な算数よ。


 と思っていたが、水位の上昇は結構大きく、あと少し牛乳が多ければ氾濫するところだった。牛乳め、予想以上に入りおって。

「あ、蓋ちょうだい」

「え、あ、おう……」

 戸惑いつつも陽キャ君は律儀に蓋を返却してくれる。腰が引けてるのが少し気になるけど。

 僕はお礼を言いつつ蓋を受け取り、混合物入りペットボトルに装着する。ボトルの中の液体は上から下へと白から茶のグラデーションを描いている。僕はそいつをシャバシャバ振り、中身を均一なキャラメル色に近づけていった。


「なあ、コパン君。コパン君の用事ってもしかして……これ?」

 恐る恐る、といった調子で陽キャ君はペットボトルを指す。

「うん。そう。さっき言ったじゃん。ミルクティーが飲みたかったって」

「いや……買いなよ」

 陽キャ君は自分の手に持った既製品のミルクティーをこちらに見せつつため息を吐く。ごもっとも。

「いやでもほら、手作りならではの美味しさとかあるかもしれないし、一対一のミルクティーなんて贅沢品、普通売ってないし」

 それに何より、面白そうだし。


 良い感じに中身が混ざってきたので、僕は特製ミルクティーを飲んでみることにした。

「……うん。不味い」

「だろうね」

「何というかこう、非常にロイヤルなお味と言いますか、濃厚といいますか……。ミルクティーというよりは、紅茶入りの牛乳って感じかな」

「お、おう。そうか」

 僕の渾身の食レポを、陽キャ君は少々引き気味に聞いていた。

 ただ彼の瞳に見え隠れしている好奇心を、僕は見逃さなかった。


「飲んでみる?」

「いいの?」

「うん、いいよ。言っとくけど、美味しくはないからね」

 僕が手渡す特製ミルクティーを、彼はゆっくりと口元に近づけていき、運動部特有の「口をつけず、こぼしもしない無駄に上手い回し飲みスキル」を使い一口飲んだ。そのまま無言でボトルを僕に返却してくる。


「コパン君ってわけわかんねーな」

 既製品ミルクティーで口直しをしつつ、ニコニコと楽しそうに陽キャ君が言った。いや、こんなバカな遊びに付き合っている貴方も大概ですけどね。


 そういえばこの人、部活あるんじゃなかったっけ。

「部活、大丈夫なの?」

「あっ! やべっ! もうこんな時間じゃん! 先輩に殺されるわ!」

 じゃーまたな、と言いつつ陽キャ君は爽やかに走り去っていった。


 一人残された僕は、ミルクティーをがぶがぶと飲む。子供の頃から、お残しは許しませんの英才教育を受けているため、どんなに口に合わなくても飲み切るしかないのだ。


 顔をしかめながら飲み進めていくうちに、ふと思う。誰だよ、コパン君。

 いや教室でもたまに僕がそう呼ばれているから(出典:ボッチ飯中の盗み聞き、もとい情報収集)きっと僕のあだ名なんだろうなーとは思ってたけど、何故コパン君なのだ? あだ名って普通本名をもじってつけるものじゃないの? 本名カスりもしてないんですけど。まあ、何と呼ばれてようが別に構わないけどさ。


 そんなことを考えているうちに、半リットル満タンに入っていたミルクティー(?)はすぐに無くなってしまった。


 前言撤回。


 慣れれば案外アリかも。

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