第5話 踏み出す一歩
ぼんやりとした空間。
無気力にただ浮いているだけで音もない。
まるで宇宙にでも放り出されたかのような感覚だった。
そこに一筋の光が見えてきた。必死にそこを目指すが進めば進むほど胸を締め付けられるような思いだけが増していく。
だが、どうしても進まなきゃいけない。そう言われているような気がした。
ーーーーーーッ!
目が覚めた。
自室のベッドの上だ。いつもと変わらない景色。いつもと変わらない部屋。一つ違うとすればまるで悪夢でも見ていたかのような寝汗。
「なんか変な夢見てた気がするけど…」
モヤモヤするが全く思い出せない。
目覚ましを確認すると現在、土曜の19時。
「あー腹減ったな」
1階に降りてリビングに入る。テレビはつけっぱなしだが親は外出中。夜のニュース番組が流れているのを薄ら寝ぼけた頭で聞いていた。
「たった2週間でもう3人もの女性が被害に遭われてるそうです。警察は犯人の行方を…」
どうやら通り魔が出ているらしい。しかも結構近い。もし鉢合わせなんてしたらどうすっかなぁ。なんて考えながら冷蔵庫を漁るが目ぼしいものがない。仕方ない。背に腹は変えられないと買い物に行くことにした。
近くのスーパーで惣菜を買い腹を満たすべくそそくさと家路に着いて歩いていた。
普段気にしたことのない公園が今日はいつになく気になる。
マジマジと公園全体を見渡しているとそこには一人の女性が立っていた。
しなやかに伸びた黒い髪に目鼻立ちの整った顔、ワンピースから覗くスッと伸びた足
まさに『美人』
一瞬頭に軽い痛みが走ったがそんなのも気にならないほど見入ってしまうのが男の
でも、すぐに彼女はスマホを見つめたあとその場から離れて行った。
残念だなんて思いながら俺もその場を離れようとしたとき、公園を挟んだ向かいの路地裏からフードを目深にかぶり周りを警戒しているのか首を右往左往して男が出てきた。
その不審な動きに薄気味悪さを感じながら見てしまっていた。そんな視線を感じたのかこちらに顔を向けた。瞬間にヤバイ!と直感が働き木の影に隠れた。
「…なんだアイツ。明らかにヤベェ奴だよ…」
その場をやり過ごすため隠れたままそのヤベェ奴を目で追う。だんだんと姿が小さくなっていく安堵感から大きな溜め息をついた。
「はぁぁぁ。なんだあれ。こえー」
「…アイツの行った方って…いやいや、考えすぎか。でも、何して…」
少しの不安がよぎったが考えてもしょうがない。大人しく帰ると決めた。
はずだったのに。俺はその不審な男を追っていた。
「な、なにしてんだ、俺。あんなのに関わるもんじゃねぇのはわかってんのに…」
と髪をかきむしる。
付かず離れずの距離を保ったまま平常心を装ってなに食わぬ顔で後を追った。
昔から勘もいいほうだった。こんな勘なんて当たってほしくないが今は意思に反してはいけない気がした。
あぁ、だろうな。
…悪い予感は当たっていた。そいつはあの黒髪美人を追っているようだった。俺と同じく付かず離れずの距離を保ったまま。端から見たら俺も立派な不審者ではないだろうかと思う自分。
でも、フワッとした高揚。ちょっとしたスリルにワクワクしてしまっている自分もいた。
かと言って何かあったら何が出来るのだろうかとまるで秋の空のように揺れる心。
人通りも少ない少し街を登った高台。
街でも知る人ぞ知る街を上から望める夜景スポット。恋人と来ると永遠の愛で結ばれるとか結ばれないとかいう所謂あれなとこだ。
「なんでこんな時間に一人でこんな…てか、あのフードどこ行った!?」
ちゃんと後を追っていたつもりだったが見失っていた。
辺りを見回すが姿が見えない。力の抜ける溜め息とともに思い過ごしだったかと美人を横目に帰ろうとしたその瞬間。
「や、やめて…!!!」
奥の木陰からフードを被った男が彼女に突然襲いかかった。別ルートから登り待ち伏せをしていたようだった。必死の抵抗をするが力では圧倒され、地面に押し倒されている。その手には少しばかりの街灯に照らされた鋭利な刃物が光っている。
死。
その残酷な思いが脳裏をよぎり、身がすくんだ。人間こんな唐突に訪れる恐怖の中では何も出来ないと感じた。
そんな絶望感に流されているとき彼女の口元が微かに動いた。
ーーーーーッ!!
体は咄嗟に動いていた。何ができるかわからない。無力かもしれない。でも、体だけは必死に僅かな希望にすがり付いていた。
皆が憧れるヒーローみたいになれるなんてこれっぽっちも思わない。でも…ここで逃げたら悔やんでも悔やみきれない。
後悔なんてしたくなかった。
「やめろーーーーーーーーー!!!!!」
馬乗りになる男に強烈な体当たりをお見舞いした。
振りかざす刃物が左手に触れてしまい少しの痛みが走ったが、そんなことどうでもよかった。思いもよらぬ加勢に男が一瞬怯んだ隙に彼女の手をとりその場から逃げ出す。
高台から下る坂道を必死にかけ降りた。彼女は息をあげ、今にも倒れそうな状態なのに必死に逃げることだけを考えていた。
(ヤバイヤバイヤバイ………)
追い付かれたら、捕まったらそう思うと足は止まらず走り続けた。
持っていた買い物袋は四方八方に弾み、彼女も俺の必死さに声を出さずについてきていた。
高台をかけ降りて大通りに出たとき俺も彼女も膝から崩れ落ちた。
「ハァハァハァハァ…だ、だ、」
「…丈夫…で…ぅ…」
ーーーははっ。
こんな全速力なんて学生時代以来だ。少しばかり酸欠気味な二人。言葉にならなすぎてあんな後なのに少しおかしく笑みを浮かべていた。
この後待ち受けることなど知る由もなく。
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