ブラックホールを生み出す程度には先輩の愛が重い話
基地の最奥部にたどり着くころ、私のアーマースーツは装甲版のほとんどが破損していた。
「それなら脱いだ方がマシだな!」
「そうですか」
馴れ馴れしい同僚の姿が蒸発したのは、切り離した装甲が床に落ちるより早かった。一瞬遅れて力場の乱れを伝えるアラート
が今更鳴り響き、重力の嵐が吹き荒れる。
「チッ…!」
両腕で頭を抱える防御姿勢を取った私は、床面と壁面と天井のどれかに何度も衝突し呻く。手に持っていたレーザー銃が強引にもぎ取られ、握っていた指が何本かへし折られた。その間僅か3秒。だがナビゲートシステムが重力子ビームの発射位置を逆算するには十分な時間だった。
・・・・・・・・・・・
「思ったより時間かかったねアンリちゃん」
「先輩がビームを撃つたびにコンパスが狂うんですよ。ここの磁場滅茶苦茶じゃないですか」
先輩は煤けた白衣に無骨なゴーグルを首から下げていて、いかにもマッドサイエンティストという風体だった。知的でかっこいい。その奥の太いパイプが絡み合った球状の装置が件の人工ブラックホールだろう。
「一応聞きますけど今回は何しようとしてたんですか?また世界に八つ当たりでも?」
「まさかぁ!今回は『こんなふざけた世界なくなっちゃえー!』的なのとは違うよ。まぁ結局こうして殺し合いになるのには変わらず辟易してるんだけど」
「……私は別に構いませんよ」
「これはねぇ、宇宙の卵なんだよ」
先輩は私の言葉を聞き流して得意げに語りはじめた。今回の私はスラム街育ちの一兵卒に過ぎないので専門用語がよくわからないけれど、量子物理学の話らしい。私は楽しそうにしゃべる先輩に見惚れながら、後ろ手でこっそりと”装置”を作動させた。
「──というわけで、このブラックホールの高重力場にアレヤコレヤすると新しい宇宙が仮想のZ‘軸上に生まれるの。そうすると並行宇宙が指数関数的に増大して、どこかに一個くらい
「先輩、それって今まで以上に酷い殺し合いをすることになる宇宙も生まれませんか」
「………ダイジョブ」
「せっかく丁寧に説明頂いたところ気の毒ですが、最低限のレギュレーションから逸脱するような世界が生まれると私も困るので……ここで終わりにしましょう」
「手遅れだよ。だって絶対にアンリちゃんが邪魔しに来るってわかってたし、35分前に最後のプログラムを実行済みなんだもの。アンリちゃんとゆっくりおしゃべりしたかったし」
「……あの、私も35分くらい前に動力室の爆弾を起爆したんですけど」
「えっ」
「えっ」
気まずい沈黙が流れる。
「おっかしいなー計器は正常に……あっ」
どうしたんですか、と聞く寸前に視界の全て“ブレた”。どうやらもうとっくに宇宙は生まれていたらしい。ピントの合わない3D映像の様に、あらゆるものが二重、四重、八重、十六重と拡散していく。それぞれがたった今生まれた別の宇宙であり、それぞれが悠久の歴史を秘めているのだ。私が爆破に成功したのもいくつかの宇宙の出来事に過ぎなかったのだろう。
「ゴメン、ちょっと失敗した」
私も先輩と森羅万象は無限倍に分岐して整合性を失い、やがてすべてが青になった。どうやら処理落ちらしい。
こうして世界は滅んだ。
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