私自身が先輩になるためにバイオテクノロジーの粋を尽くす話

 窓ガラスに映りこんだ顔は酷い有様だった。目や鼻など個々のパーツは整っているというのに、諦観と後悔の入り混じった表情が調和を乱しているのだ。耐えかねた私は窓から視線を背けて足元を見る。そこには同じ顔があった……というのは不正確だ。その眠り姫めいた静謐で神秘的な表情は窓に映るそれとは比べ物にならない。閉じた瞼の描く緩やかなカーブは黄金比を具えた優美さで、血の気が引き青ざめてもなお光を放つような白い肌は、頬についた血飛沫に一層引き立てられていた。

 やはり、私ではダメなのだ。いくら取り繕っても先輩には届かない。同じ顔になっても……否、同じ顔になったからこそ本質的な醜さが露わになってしまっているのだろう。

「……ッ」

 完璧な先輩の顔を自分という存在で汚してしまったという罪悪感と口惜しさが臓腑を焼く。そんな私の表情がガラスに映りこむ。悪鬼のように歯を食いしばった醜い表情を見た私は―――


・・・・・・・・・・・・


「あはは!すごい!鏡見てるみたいだね!ほんとにアンリちゃん?」

憧れの松田先輩と遺伝子レベルで全く同一の容姿を手に入れた私に対して、先輩は大笑いしながら両頬をつまんで引っ張った。痛い。

 私は得意げに(先輩と同じ大きさの)胸を張り、自己改造のために用いた最先端のバイオテクノロジーについて語る。先輩の美しさを再現するために合法非合法を問わずにありとあらゆる技術を投入したのだと、先輩の美しさはそれだけ希有で希少で貴重で奇跡的なのだと熱く述べた私の言葉に、先輩はうんうんと頷いていた。にもかかわらず、先輩はこんなことを言いだしたのである。

「でもアタシはアンリちゃんの眼の色の方が好きだったなぁ……あっカラコンあるけど使わない?」

 それは許せなかったのだ。看過できなかったのだ。聞き捨てならなかったのだ。せっかく完璧に先輩と同じ顔にしたというのに、私の、私なんかの瞳の色でそれを汚そうとするのは許されない大罪だ。それがたとえ先輩本人であっても、先輩本人だからこそ、そんなことを言わないでほしかった。だから殺した。殺してしまったのだ。


・・・・・・・・・・・・


悪鬼のように歯を食いしばった醜い表情を見た私は、そのままガラスに顔を叩きつける。叩きつけ、叩きつけて、叩きつけた。窓が割れる。額が割れる。先輩の顔に、先輩の顔で、こんなことをしたくはなかった。しかし私にはもう耐えられなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。もはや私は生きているだけで先輩という尊い存在を冒涜するおぞましい物体だ。速やかに跡形もなく消し去らなければいけない。幸い砕けた窓を抜けて落ちた先は火の海だった。おおかた私の研究所 ドレッシングルームから抜け出した実験体が暴れだしたのだろう。誰かが勝手に私の研究データを盗み出そうとしてヘマをしたのか、実験体の力が私の想像以上だったのかはもはやどうでもいい。あれらは恐らくこの地区を滅ぼすだろう。もしかすると街も、場合によっては国すら滅ぼすかもしれない。もはや私には関係ないことだが。


こうして世界は滅んだ。

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