追憶

否定論理和

追憶

彼女と出会ったのは4月、文芸サークルの新入生歓迎会でのことだ。先輩学生に誘われるまま度数の低い酒を飲む新入生も多い中、頑なに飲酒を拒む様子を見かねて助け船を出して以来妙に懐かれてしまった。


人懐っこく溌剌とした彼女と一緒にいるのは正直に言えば心地好く、大学の外で一緒にいることもそれなりに増えていった。お気に入りの喫茶店を教えたのは、GW休みも終わりかけた5月のことだった。


6月に入って彼女は私に小説の書き方を聞くようになってきた。そんなものは私が聞きたいくらいだったが、仕方なしにありきたりな創作論を教えることにした。今までは私の作品を読んでもらうだけだったが、この頃からはお互いに読み合うようになった。贔屓目も入っていただろうが、彼女の文章には独特のセンスがあったように思う。


少しすると彼女は賞に応募したいと言った。Web上の小説投稿サイトで募集していて、受賞作は書籍化が約束されるというものだ。締め切りが8月末、はっきり言って時間が足りない。私は空いた時間を縫って編集者のように彼女へアドバイスするようになっていた。


夏休みに入ってからはより一層集中して彼女を手伝った。文系大学生の夏休みというおそらく一生のうち最も自由な時間を使い書いては直し書いては直しを繰り返した。劇団に所属する社会人女性と男子高校生による一夏の恋愛を描いた作品はどうにか締め切りの少し前に完成し、2人で祝杯をあげた。彼女は相変わらずアルコールを飲まないので、私もそれにならって炭酸ジュースで乾杯した。


9月に入ってからというものの、私と彼女は今まで以上に一緒に過ごしていた。1日限りのアルバイトや地元の祭りに参加したり、話題の映画を観に行ったり、それは小説に費やした8月を取り返すように見えた。付き合っている私も、端からは同じように見えたのだろうか。


学祭を間近に控えた10月の半ば、彼女の作品は落選したと聞かされた。実際に読んだ人からはそれなりの評価をもらえたものの、そもそもの読者数が少なかったらしい。彼女は仕方ないと笑っていたが、それが本心なのか強がりなのかは今でもよくわからない。落ち込んでいない人間を慰めるのもおかしいので、野球部の作った焼そばを差し入れるだけにした。


それからも彼女は小説を書き続けた。冒険、ミステリ、SF、様々なジャンルを書くのは意図的だったようだが、賞に応募したものを越える作品は無かったように思う。もう恋愛小説は書かないのか、と思ったが、結局聞くことはなかった。


冬休みに入ってすぐ実家に帰省した。彼女とはSNSでやり取りをしていたので特別離れた気にもならなかったのだが、久しぶりに出来た一人の時間は少し物寂しかった。


休みが明けて少ししてから、彼女と初詣に行った。大学近くの神社は年明けから一週間も経てば人気が無くなっており、その静けさが心地好かった。


2月も終わりに差し掛かった頃、小説を書くのをやめると告げられた。今後再び書くようになるかも知れないが、暫くはやめるのだという。勿体ないとも思ったが、私に止める権利があるわけでもない。彼女との関わりがそれから変わるわけでもない。だから私は何事も無いように返事をした。


そうして3月、彼女との仲は未だに良好だ。それでも私は、来年度の新入生を心待ちにしている私に気づかない振りをしている。


なんてこの無い、ただ1年間の追憶だ。

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