8-5
錦糸町駅まではもう少しだったけど、筋肉疲労でどうにも動けなくなってしまった。
俺だけではなくエルナもだ。
もともと俺たちはインドア派なのだ。
エルナの『剛力』にしても、瞬発的なパワーはともかく、持久力はあまり上がらないようだ。
葛城ちゃんが周囲の偵察に行ってくれている間に、俺たちは瓦礫に腰かけて休憩をとった。
「考えてみればこんなに運動したのは初めての経験かもしれん」
「そうなの? イシュタルモーゼには電車や自動車はないだろう? 歩いてばかりのイメージだけど」
「その代わり、馬車や移動用ゴーレム、浮遊魔法があるのじゃ」
浮遊魔法か……それは便利そうだ。
便利過ぎて人間の筋肉をダメにする代物だな。
「信じられるか、エルナ。これだけ運動しているのに、元の世界へ帰ったら肉体はリセットされるんだぜ」
「はっ!?」
時空転移魔法は肉体の状態を巻き戻して元の世界へ帰還する。
つまり、どんなに運動をしようが、どれほど筋トレをしようが、俺たちの体は転移前と同じになってしまうのだ。
唯一の救いは、スキルのレベルが例外ということだな。
「なんと理不尽な話じゃ。せっかく脚が引き締まりかけてきたというのに、お尻だって、こうキュッとな……」
理不尽って言っても、そういう風に魔導書を作ったのはエルナだろうに。
「その代わり、こちらの世界でどんだけ太っても元に戻ればチャラだけどな」
「並行世界で美食を期待するのものぉ……」
目の前には廃墟と化した飲食店がある。
エルナがため息をつく気持ちもわかった。
「今度こちらに来るときには、特注の仕出し弁当でも頼んどく?」
「それもいいのぉ。一流の割烹に注文すれば期待ができそうじゃ」
「海に出れば、新鮮な魚が釣れるかもしれないぜ。釣竿も買っておくか」
「うむ。ならば私が刺身にしよう。海鮮丼でもつくるかな?」
じょ、女王様と呼んでしまいたくなる……。
簡単に餌付けされる俺、超チョロい。
我ながら単純だとは思うけどエルナの海鮮丼が楽しみでたまらなかった。
亀戸には夕方近くに着いた。
門番は俺の顔を覚えていたようで、すぐに中に入れてくれた。
顔というか体型を覚えていたのかもしれない。
希少種・小デブだからね。
ゲートの内側に入るとすぐに結城真が部下たちを引き連れてやってきた。
尊大な態度は相変わらずだ。
「なんだ、今回は女連れか? 缶詰100個集められなくて女を用意してきたか?」
結城は値踏みするようにエルナと葛城ちゃんを眺めた。
「勘違いするな。彼女たちは関係ない」
キッパリと断言すると結城は鋭い視線を向けてくる。
瞳には狂暴な意思が見えた。
「てめえ……」
俺と話すときは敬語を使えってか?
スキル『残像』を使われる前に、俺は鞄からサバ缶を取り出して結城の方へ投げた。
わざと結城の頭より上に投げたので、結城はそれを受取ろうと手を伸ばす。
バシュッ
魔弾丸で打ち抜かれたサバ缶が頭上で破裂し、汁が結城の頭に降りかかった。
「なにか勘違いしているようだな。対価を払う以上は対等だ。俺はお前に缶詰を渡し、お前は俺にボートを提供する。嫌だというのなら他を当たる、それだけのことだ」
エルナや葛城ちゃんの前だからカッコつけちゃった。
いやね、最悪ゴムボートが届けば問題は解決するから、関係がこじれてもいいかなって思ったんだよ。
結城には殴られた恨みもあったから、ちょっとした意趣返しなのだ。
それに、この手のタイプには高圧的に出た方がいいかもしれない気がしたんだ。
こちらが下手に出れば、どこまでもつけあがるタイプに見えた。
「てめえのスキルは『嗅覚』じゃなかったのか?」
そういえば、そんな嘘をついたな。
ここはさらにハッタリをかましておくか。
「ふっ、俺の本当のスキルは『イレギュラー』……ダブルのスキル持ちだ」
「なっ‼」
ビビってる、ビビってる。
「約束通り缶詰を持ってきた。エルナ、渡してやってくれ」
「うむ。受け取るがよい」
エルナは大きな段ボール箱2箱分の缶詰を背負子(しょいこ)に背負ってきたのだが、それをそのまま結城に渡した。
総重量は80キロくらいあったので結城に持てるはずもない。
段ボール箱は地面に落ち、梱包は解けなかったが段ボールが一部裂けた。
「ひっ……」
「因みに私もダブルのスキル持ちじゃ。よからぬことは考えないように」
結城を見据えながらエルナが手のひらに火球を作り出す。
軽々とやっているように見えるが、実は必死になって極大呪文であれを作り出していることを俺は知っている。
この世界ではエルナの魔法はだいぶ制限されるもんな。
結城達だけじゃなくて葛城ちゃんもかなりびっくりしていた。
これだけ脅かしておけば俺たちに手を出すことはないだろう。
「ところで……」
エルナが俺の方を振り向いた。
「どうした?」
「このうつけ者が! 食べ物を粗末にするでないわっ‼」
サバ缶をマジックバレットで打ち抜いたから怒ってるのね。
「痛い! ごめんなさい! もうしません! もうしないから腹をつままないでください!」
その場にいた全員が唖然とした表情で俺たちを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます