7-6
角イノシシの捕獲は葛城隊に任せて、一人で元の世界へ帰ることにした。
焼肉は白飯と一緒にいただくのが反町の流儀だ。
人にはどうしても譲れない一線というものがある。
俺はちゃらんぽらんな人間だが、倫子と小説と白飯にはこだわりたかった。
弁当屋でご飯だけ買ってこようと単身帰還しようとしたのはいいが、転移が完了したときには何故かエルナを背負っていた。
「うおっ!?」
「なんじゃぁ!?」
いきなりのことでバランスを崩し、またもや俺は四つん這いに倒れてしまった。
無論、エルナを乗せたままだ。
「どうやらお主が元の世界へ戻ると、私も強制送還されるようじゃの」
「いいから早く降りてくれ」
「うむ。どういうわけかお主に
女王様プレーは危険だ。
たしかに俺は小デブだが、本物のブタにはなりたくない。
しかしエルナには抗いきれない魅力がある。
「いいから早くどけよ。ご飯と焼肉のタレを買いに行くんだから」
「そうであったな。タレは私に任せておけ、考えがある」
二人でバーベキュー用の買い物をした。
BBQコンロは塚本さんが使っていたものがベランダに置いてあったからあれを使えばいいとして、炭や着火剤も必要になる。
近所の大型スーパーで片っ端から商品をカートに放り込んでいった。
並行世界へ戻ってもあわただしく準備が続いた。
アパートの屋上までBBQコンロを運び、火をおこしていく。
屋外で火を焚くなんて初めての経験だけど、これが意外に面白い。
リア充どもがはしゃぐわけだ。
俺にもようやく理由がわかった。
倫子をキャンプに連れていってやったら案外喜ぶかもしれないぞ。
次回の面会日はバーベキューができる公園でもいいかもしれないな。
今はエルナがはしゃいでいるが……。
「着火剤をもっと入れるのじゃ。火が消えてしまうぞ! ええい、口惜しや。魔法さえ使えれば炭をおこすくらい朝飯前なのじゃが」
「おっ、炭が赤くなってきたんじゃないのか?」
「おお! もっと炭を大量に投入するのじゃ!」
「落ち着けエルナ。ここは慎重にだな……」
俺たちが楽しく遊んでいると角イノシシを担いだ葛城隊が帰ってきた。
あの後、魔物の肉なら何でもいいと訂正したのだが、本当に角イノシシがとれるとは運がよかった。
あれは他の肉より美味いのだ。
きっと白飯にも合うと思う。
「ありがとう! まさか本当に角イノシシを狩ってきてくれるとは思わなかったよ」
「いえ、それは構わぬのですが……。先ほどから気になっているのですが、そちらの女性はどなたですか?」
「こいつ? こいつはエルナだ。俺の……」
俺の、なんて言ったらいいんだろう。
友達?
なんかしっくりこない。
恋人? それもちがうし、否定されると心が痛む。
わたくしめの女王様?
肯定したら負けの気がする。
ん~~、あっ、そうか!
「相棒だ」
「うむ、エルナ・ウィッテヘン・ベロスンヘルム・リッツである」
「はあ……」
長いから憶えにくいよね。
俺も未だにフルネームを覚えていないことは内緒だ。
「それよりも葛城ちゃん、さっそく肉を分けてもらえないかな?」
「はい、既に解体を開始しております。ところで反町殿……」
「どうしたの?」
「新王様からご依頼のありました軽油はどうなったでしょうか?」
「はいはい、儀式は全て終了したから持っていっていいよ。もう、俺の部屋に40リットル召喚してあるから」
「本当ですか!」
葛城ちゃんは大慌てで階下へ降りていった。
しばらくすると解体された肉を持った葛城隊がやってきた。
「おお、待っておったぞ。その肉をこのボールに入れるのじゃ」
エルナが持つボールには、彼女お手製の焼肉のタレが入っている。
付け込んでから焼くと美味しいらしい。
「なんでそんなことを知ってるんだよ?」
「コックパッドで見たのじゃ。一度作ってみたくてのぉ」
さすがは家庭的女王様……じゃなかった、王女様。
「まさかあれ、醤油なの?」
ボールに入ったタレは濃厚な香りを漂わせている。
その匂いが鼻に届いたのか、葛城隊がざわめきだした。
そういえばこの世界の味付けは塩ばかりだ。
醤油は新たに生産されていないのか?
「醤油だけではないぞ。すりおろしたニンニク、ショウガ、ごま油、砂糖なども入っておる。レシピが知りたくば、教えてやらんでもないぞ」
エルナが小さな胸を反らせていつものポーズを決めたが、誰も見ていなかった。
皆の視線はボールの中に注がれている。
悲しそうに俺を見てくるエルナ。
「さ、さすがはエルナだ。早く食べたいなぁ……」
「うむ、すぐに食べさせてやるでのぉ」
もう機嫌が直っているが、この単純さがエルナのいいところではある。
肉を網に乗せると、空腹を強制するあの煙が並行世界の青空へと立ち上った。
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