7-5
荷物をすべて並行世界へ運んでから戻ると、エルナは魔力測定器などを詰め込んだ自分のリュックを背負って待っていた。
「お待たせ。それじゃ並行世界へ行ってみますか」
「よろしく頼む」
「ところで……本当におんぶするの?」
「もちろんじゃ。未だに原因は不明じゃが、私が手を乗せても魔法は発動しないでな」
そういうことじゃなくて、おんぶすることに抵抗があるんだよ。
朝のうちにシャワーを浴びたから臭くはないと思うけど、やっぱり緊張するなぁ……。
「ほれ、少しかがんでくれ。そのままでは乗れないぞ」
「わかったよ。……こう?」
「うむ。いくぞっ!」
背中を向けて膝を曲げると、エルナは助走をつけて飛び乗ってきた。
わずかだったけど背中に胸の膨らみを感じて、俺は動揺してしまう。
そのまま、バランスを崩してテーブルの上の魔導書に手をついてしまった。
ガッシャーン
転移した並行世界ではテーブルの位置が微妙にずれていた。
俺はエルナを背負ったまま床に倒れて、先日持ってきたガスコンロを倒してしまったのだ。
「反町殿! いかがいたした!?」
部屋に飛び込んでくる葛城ちゃんの前で、俺はお馬さんになってエルナを乗せているようなポーズになっていた。
「な、なにをされている……?」
「ぎ、儀式の最終段階だ……」
「それは……失礼した……」
葛城ちゃんは真っ赤な顔をして出ていってしまった。
何かのプレーだと勘違いしたのだろうか?
「あの娘はなんだ?」
エルナは俺に跨ったまま質問してくる。
「話しただろう、神大が俺につけてくれた護衛隊の隊長だよ」
「ほう……なかなか可愛らしい娘ではないか」
「いいから早く降りろって」
「うむ。こうしていると、感じたことのない充足感がこみあげてきてな……。女王としてのアイデンティティーが確認できるというかなんというか……」
王女様が女王様にジョブチェンジか!?
だあっ!
俺にそんな趣味はないからな。
いや……エルナは可愛いし、お尻があたって気持ちいいというか何というか、お馬さんになるくらいはいいのだが、これは倫子専用のお馬さんであって、やっぱり倫子が一番可愛いのであって、二人が仲良く乗ってくれるのなら俺としてはまあ……。
「ふむ、魔素の性質がおかしい」
アホなことを考えている間に、エルナはもう持参した道具で大気の測定を始めていた。
「どういうこと?」
「イシュタルモーゼの魔素とは構成物質がかなり違うようなのじゃ。もしかすると……ファイヤーボール!」
エルナの手のひらの上にロウソクの灯りほどの小さな火球が現れる。
「くっ! ならば……ウィンドストーム!」
そよ風が心地いい……。
「おのれっ! ウォーターボール!」
水をこぼすなよ。
「ロックバレット!」
コトン
小さな石粒が床の上を転がった。
「何ということだ……」
エルナは青い顔をして自分の両手を見つめながら震えている。
「魔法が出ないのか?」
「う、うむ。ちょっと下がっていてくれ……」
今度は窓を開けて何やら呪文を唱えだした。
「古より伝わる、地獄の業火を今ここに解き放つ……極大火炎呪文!」
エルナの手に燃えさかる火球が現れ、向かいのビルのコンクリートを弾き飛ばしていた。
「おお、すごいじゃないか!」
葛城隊所属の新見ひかりちゃんのスキル「鬼火」くらいの威力はある。
「いや、本来あれはドラゴンさえも焼き尽くす極大呪文。このようなしょぼい魔法ではない……」
エルナの目に涙が光っていた。
「な、泣くな! 多分、魔素の構成要素が違うことが原因なんだろう? エルナが悪いわけじゃない」
「そうじゃが、私はイシュタルモーゼの宮廷魔術師長だぞ。このような屈辱には堪え切れん。これでは美しいだけが取り柄の女に成り下がってしまったではないか……」
美女の自覚はあったのね。
「ん~~~~~~……肉だ!」
突如叫んだ俺の言葉にエルナは目をぱちくりさせた。
「肉?」
「魔物の肉を食べればエルナにもなんらかのスキルが宿るんじゃないか? ひょっとしたらこの世界で魔法を使えるようになるかもしれない」
「なるほどぉ……」
「そうと決まれば焼肉パーティーの準備だな」
「うむ。そういたすとするか!」
二人で今後の予定を話し合っていると、再び葛城ちゃんが飛び込んできた。
「反町殿! たった今外で魔法が!」
「あ~、あれはなんでもない。それよりも葛城ちゃん!」
「はい?」
「角イノシシを捕まえたい!」
「角イノシシ? 何のためにですか?」
「えっ? えーと……儀式だ!」
葛城ちゃんの頭の上に?マークが並んでいた。
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