6-6

 ドカドカと足音がして神大が戻ってきた。

まるで治療が終わったのを見越したかのような振る舞いだ。


「傷は癒えたようだな」

「おかげさまで」


 神大が目配せすると佳乃さんは一礼して部屋を出ていこうとした。

その後ろ姿に声をかける。


「忘れ物ですよ。これを、おばあさまに」


 チュッパチャップリンを手渡すと、佳乃さんはにっこりと微笑んでくれた。

ああ、本当に癒しの巫女様って感じだ。

これはエルナのチョイスだったんだけど、素直に従っておいて本当によかった。

機会があったらまた持ってきてあげることにしよう。



 佳乃さんが去ると広い部屋の中に俺と大神だけが残された。

それまでの穏やかな空気が一転してピリピリと緊張が伝わってくる。


「どうだ、俺の部下になる気になったか?」


 傷は治してもらったけど、俺は何の約束もしていない。


「悪いけどそれは断るよ。俺は娘を探して旅をしているんだ」

「……そうか、それは残念だ」


 おや?

もっとしつこく勧誘したり、場合によっては監禁されるものと予想していたのだけど、神大はあっさりと俺のことを諦めた。


「引き止めないの?」

「娘を探しているのだろう? そういう事情があるなら無理強いはできない」


 塚本さんに聞いていたのとはちょっとイメージが違ったな。

もっと暴力で他人を支配するタイプだと思っていたよ。


「でも、借りは作りたくないから、ガソリンは持ってくるよ」


 そう言うと、神大はびっくりした顔になった。


「そうか、それはありがたい。これから交渉しようと思っていたのだが話が早くて助かった」

「そのかわり……」


 大切なことは忘れていない。


「条件はなんだ?」

「現金を用意してほしい」

「現金だとぉ!?」


 やっぱりそういう反応になるよね。


「スキルに関係あるんだよ。『召喚』を使うには大量の現金が必要になるんだ」


 主に俺のモチベーションのために。

大量という言葉を特に強調しておいた。


「どれくらいの金が必要になる?」

「ガソリン1リットルにつき10万円」


 言ってからしまったと思った。

こいつくらい部下がたくさんいるのなら、1リットルにつき100万円でもいけたような気がする。

でも、今から言い直したら嘘くさくなっちゃうよな。

もともとが大ウソだし。


「わかった。その程度ですむのなら安いものだ。だが、正確に言うと俺の欲しいのはガソリンだけではなくて軽油もだ」

「軽油? 何に使うの?」

「軽油があれば重機が動かせる」


 なるほど、建設作業をするのに必要なわけだ。


「それにしても現金が必要になる事態がくるとは皮肉なものだ。こんなことなら公園内の金をとっておくべきだったな」

「どうしたの?」

「焚き付けとして燃やしてしまったのだ」


 ああ、もったいない。

でも、文明の崩壊した世界じゃ、お札なんてその程度の役にしかたたないもんね。


「しかし、新王さんは聞いていたのとイメージが違ったな」

「どう聞いていた?」

「強引に傘下を増やす、悪の大魔王みたいなやつ」


 ちょっと誇張しているけど、大きく違うということもないだろう。

俺の言葉に神大は苦笑していた。


「強引なところは認める。だが、そうでもしなければ人々をまとめることはできんよ。ここには老人も子どももたくさんいる。生産力が低いからと放り出すこともできない。だったら余裕のある所から少しずつ食料を集めてくるしかないだろう? ただでとは言っていない。俺たちも命を懸けて魔物を狩る」

「まあ、理解はできるよ」

「再び世界を人類の手に取り戻すには、誰かが力をまとめるしかない」


 たいしたものだ。

俺にはそんな大それたことはする気もないし、能力もない。


「軽油はいつ手に入る?」

「早ければ明日には。今回は俺が立て替えとくけど、金はなるべくたくさん用意しておいてもらえる?」


 俺の食費と倫子の学費だ。


「いいだろう。召喚はここでするのか?」

「それについてはいろいろ手続きがあってね……。召喚するところを見せるわけにはいかないんだ」


 これで納得してくれるかな。


「わかった。どうせ俺には見ることができん」

「どういうこと?」

「俺のスキル『覇王』の特性の一つだ。俺の半径50メートル以内ではあらゆるスキルが封印される」


 とんでもないスキルだな。

やっぱりこいつは特別なのだろう。

そうか、それでさっき佳乃さんが俺を治療するときに部屋を出ていったんだな。

ということは俺のマジックガンナーも封印されているわけか。

まあ、神大と戦う気なんてないけどさ。


「ところで、木更津の方がどうなってるか神大さんは知ってるか?」

「いや、千葉の方のことは俺も知らない。橋がすべて落ちているようで向こうから来る人間はほとんどいないのだ」


 旅人のほとんどは山梨県や長野県からの人だそうだ。

ほぼ確実に塩を求めてやってくる。


「娘さんは木更津にいるのか?」

「そうらしい。スキルでエンジン付きのゴムボートを召喚できるように修業中だよ」

「そうか。こちらで手を貸せることなら遠慮なく言ってくれ」

「随分とサービスがいいんだね」

「ふふ、それだけ軽油は魅力的なのさ。20リットルあれば、パワーショベルを7時間くらいは動かせるだろう」


 神大は無邪気に笑っていた。

最初は怖いだけの男かと思ったけど、こういうやつは嫌いじゃない、そう思った。

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