6-5

 大量の血を失ったせいか、歩くとフラフラした。

『麻痺』スキルが局所麻酔のように効いているのだろう。

痛みはないけど宙を歩いているような気持がする。

ありがたいことに代々木公園はすぐそこだったので、気を失う前に到着することができたが気分は最悪だ。

こんな思いをするのなら、さっさと元の世界に帰るべきだったか? 

ぼんやりとした状態で呆けていたら、担架のようなものに乗せられて神社みたいなところに連れていかれた。


 板の間の上に寝かされたのだけど、横を向いてびっくりした。

目の前に織田信長がいたのだ。

いや、本物の織田信長がいるわけじゃない。

アニメや漫画などに出てくる、あのタイプの男が目の前に座っていたという話である。

もっとも、着ている者は着物じゃなくて戦闘服のようなものだったけど、とにかく凄い覇気を感じた。

こいつが神大悟か? 

隣には巫女服を着た絶世の美女も座っている。

さっきの葛城さんも美人だったけど、こちらはちょっとあり得ないような美しさをたたえていた。


「オオトカゲと戦って負傷したそうだな」


 突然、神大が話しかけてきた。


「はい……」

「言え。お前のスキルは何だ? お前が役に立つスキルを持っているのなら助けてやる」


 そういえばさっき、癒しの巫女様がどうとか言ってたな。

彼女のスキルを見たい気もするけど……。


佳乃よしのはあらゆる傷を治すことができるのだ。お前の腕も元通りになる。まだ死にたくはないだろう?」


 そう言いながら神大らしき男は俺のザックを開けている。

そして、目を見開いた。


「どういうことだ……」

「どうしました、新王様?」

「これを見ろ」


 神大が取り出したのはネルネルネルルンだ。

水をかけて混ぜると色が変わってフワフワと膨らむ、子どもたちに人気のお菓子だった。

ネタで買ってきたんだけど、神大が持つと超似合わねぇ……。


「そんなものがまだこの日本にあったのですね……」

「まだあるぞ」


 神大はザックの中からインスタントラーメンや缶詰を次々と取り出していく。


「これらの品物を一体どうした? 正直に言え」


 どうしよう。

いつものように嘘をついてしまうか。


「俺のスキルは『嗅覚』だ。食い物のありかがなんとなくわかる」


 ところが神大はニヤリと笑って首を振った。


「違うな。そうではないだろう。自分のスキルを秘匿しておきたい気持ちはわかるが、ここは正直に話せ」


 なんでバレたんだ? 

顔面の脂肪がピクリとも動かないスーパーポーカーフェイスで対応したはずだぞ。

こいつのスキルと関係あるのか?


「ふん、不思議そうな顔をしているな。なに、簡単なことだ。製造年月日がおかしいのだよ」


 神大はそう言って輸入されたハニーピーナッツを見せてきた。

しまった、外国の食品は消費期限じゃなくて製造年月日が書いてある場合があるのか。

特売だからと買ってしまった俺のバカ! 

だいたい消費期限だってよく見れば矛盾がいっぱいだよな。

今まではみんながっついていたから見破られなかったけど、こいつは冷静にそのことを見破りやがった。


「諸外国の状況も日本とさほど変わらないと聞いている。新たに工業製品がつくられるなどあり得ない話だ。ましてやそれが日本にもたらされて販売されるなど夢物語もいいところ。さあ……お前の秘密を話したらどうだ? お前が有用な男なら悪いようにはしない」


 どうしよう……。

別に代々木コミュに入りたいわけじゃないけど、こいつとはとりあえず友好関係にあった方がいいような気もする。


「……敵わないな。さすがは噂の新王様だぜ。そう、俺のスキルは『嗅覚』じゃない。俺の本当のスキルは……『召喚』だ」


 神大の目がカッと見開かれた。


「召喚だと? それはどういうスキルだ?」

「つまり、別の世界から物質を呼び寄せる能力だな。あっ、なんでも呼び寄せられるわけじゃないぜ」


 武器とか指定医薬品とか、向こうの世界で購入できない物は無理だもんな。


「どんな物なら召喚できるのだ?」

「そりゃあ、食べ物とか燃料とか、道具とか……」

「ガソリンはどうだ!?」


 やけに食い気味で質問してくるな。


「まあ、大量には無理だけど1回につき20リットルくらいなら……」


 それくらいなら非力な俺でもギリギリ持てる。

神大はギラギラとした目で俺を見つめていた。


「佳乃、こいつの傷を治療してやれ」


 神大はそう言い残して部屋から出て行ってしまった。



 どうやら傷を治療してくれる気になったらしい。

さっきから麻痺が解けかかっているらしく、ちょうど傷がズキズキと痛みかけていたんだ。

この痛みが消えるのならありがたい。


 佳乃さんと呼ばれた巫女さんが側に来て手当てをしてくれた。

手をかざしただけで傷がみるみる治っていく。

砕けた骨も元通りになってしまったぞ。


「いかがですか?」

「はい、すっかり元通りです!」


 体全体が軽くなった気さえする。

高めの血糖値もさがったのか?


「それで……」


 巫女様は何か言いたげにこちらを見つめてきた。

それだけで瞳の中に吸い込まれてしまいそうな不思議な気持ちになってしまう。


「どうしましたか?」

「こんな不躾なお願いをして恥ずかしいのですが……」


 なんだろう?


「そこにあるチュッパチャップリンをお譲りいただけないでしょうか? できればプリン味の方を……」


 突然のお願いに唖然としてしまった。


「祖母の大好物なのです。なにとぞ……」


 なんだよ……反則級に可愛いじゃねぇか……。

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