5-1 木更津へ
こちらの世界に戻るとまだ夕方だった。
そういえば夕飯を食べる前に転移したんだったな。
特に急ぎの用事はないので、今のうちに考えていた実験をすることにした。
本棚から捨ててもいい雑誌や、いらなくなった紙束を引っ張り出して、ゴムでまとめて壁に立てかけた。
紙の厚さはゆうに50センチ以上はある。
今からこれに魔弾丸を撃ち込むつもりなのだが、これほどの厚さがあれば弾が壁に達することはないだろう。
床に寝そべって、右手をピストルの形に握った。
おおっ!
こっちの世界でもスキルはちゃんと発動するぞ。
輝く魔法陣から魔弾丸が発射され、紙の束を貫いた。
物差しで測ってみると14センチくらいは貫通している。
普通の拳銃と比べてどの程度の威力かは判断がつかないが、かなりの殺傷能力を持っていると言えるだろう。
このままレベルが上がっていけば、魔物相手でも充分通用する武器になると思う。
それはつまり倫子を守る手段にもなる。
今後は現金獲得と同時に、スキルアップも目指していかなければならないな。
♢
新宿発・木更津駅西口行の高速バスの始発は6時10分だった。
新宿駅バスターミナルを出発した高速バスは、すぐに山の手トンネルを抜けて都心の地下へと潜っていった。
あちらの世界では、ここは魔物であふれ返っていたのだろう。
想像すると身震いしそうになる。
自動車のライトが作り出す影が、折り重なる魔物の幻影をいくつも作り出して俺を怖がらせた。
大量の魔物が倫子を襲うとき、俺はあの子を守り切ることができるのだろうか……。
しばらくは沈んだ気持ちでいたけど、アクアラインが洋上に出た瞬間に俺のテンションは爆上がりだった。
しょうがないだろう、そういう性格なんだから。
くよくよ考えていても事態は好転しないのだ。
ずっと関東に住んでいるんだけど、ここを通るのは初めての経験だ。
スゴイよね!
道路が東京湾を横断しているんだぜ。
えっ、高速バスは海ほたるに寄らないの!?
え~、残念っ!
ここまでくると、木更津駅は目と鼻の先だった。
木更津駅西口で路線バスに乗り換えて、ようやく自衛隊の駐屯所へと着いた。
海風にびゅうびゅうと吹かれながら、俺はその敷地の広さに圧倒されていた。
フェンス沿いに歩いて回ったけど、どれだけの広さがあるのかさえ想像できないほどだ。
どっかから潜り込めないかな?
って、そんなことできるわけないか。
結局、正門から通りを挟んだところに空き地があったので、そこで魔導書を開くことにした。
ひょっとしたら、向こうの世界でもここは健在で、倫子は元気に暮らしているかもしれない。
たとえそうでなくても、消息の手掛かりは残されている可能性はあるのだ。
ささやかな希望を胸に、俺は魔導書に手を置いた。
……あれ?
転移……してないよな?
交差点の信号は変わらず点灯していたし、自動車だってまばらながら行き交っている。
さっきまで道を歩いていたお婆さんは、まだ横断歩道を渡り切れていなかった。
ディストピアの世界にしてはやけに普通の雰囲気だ。
やっぱりここは元の世界……。
どうなっているんだ?
魔導書に手を置いた瞬間に、いつも通り魔力の波動は感じられた。
だけど、転移できないなんて……。
魔弾丸の撃ちすぎで魔力を消費しすぎたのだろうか?
だったら魔力の回復を待って再チャレンジしてみるしかない。
独りで悩んでいても問題は解決しないので、俺はすぐにエルナに連絡を取った。
「もしもし、俺、寛二」
(うむ、留守のようだったから合鍵で上がらせてもらっているぞ)
「それは全然かまわないんだけど、ちょっと教えてほしいんだ」
(どうした? 私で答えられる質問か?)
「エルナ以外には無理だよ。実は今、木更津に来ている」
(そういえばそんなメッセージを貰ったな。娘さんの消息を掴んだとか)
「そうなんだ。それで、さっそく来てみたんだが、ここだと転移ができないんだよ」
(転移ができない? どうしてじゃ?)
「いや、俺もそれを聞きたいんだ」
(ふむ、魔導書に破損はないか?)
「それはない。かなり大事に扱っている」
(では、何だろう? ん? 木更津というのはどのあたりにあるのだ?)
「千葉県だよ」
(チバケン? それは新宿から見てどちらの方角だ? 何区かわかるといいのだが)
「23区ないじゃない。東京都の隣の千葉県だ」
(そこは、新宿から離れているのか?)
「ああ、たぶん50キロくらいはあるんじゃないか?」
(それでは無理だ。あの魔導書はお主と私が運命の
つまり、新宿四丁目辺りから半径10キロか……。
それじゃあ木更津で転移できないのもうなずける。
「わかった。手間を取らせて悪かったな」
(うむ。寛二よ……)
「どうした?」
(気を落とすでない。次は私も手伝おう)
その言葉にふっと、緊張が解ける気がした。
「ありがとう」
「いいのじゃ。それとな、お土産は甘いものを頼む」
「わかった。期待していてくれ」
海の方からヘリコプターのプロペラが回る音が響きだした。
ヘリが基地へ戻ってきたようだ。
もしかしたら倫子が乗せてもらえたのと同系のヘリかもしれない。
青い空をやってくるヘリが建物の陰に見えなくなるまで、その姿を目で追った。
とりあえず東京に帰ろう。
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