5-2

 昼前には木更津からアパートに戻ってこられた。

何の収穫もない旅だったが、エルナはお土産の“ぴーなっつ最中”が気に入ったようだ。


「実に美味である」


 シブい緑茶を飲みながら3個目に手が出ている。


 転移障害は距離の問題だった。

新宿四丁目辺りから半径10キロくらいの場所でしか転移できないというわけだ。

東は杉並区、西は墨田区とか江東区の辺りまでか。

木更津からはかなり離れている。


「悪いが、今さら魔導書を書き換えることはできないぞ」

「うん、それは諦めているよ」


 俺はパソコンで地図を開き、新宿から10キロ圏内で木更津に行きやすそうなポイントを探っている。


「やっぱり錦糸町かな」


 総武線で錦糸町まで行って、そこで転移。

あとは向こうの世界を徒歩で木更津まで向かうしかないようだ。


「錦糸町から木更津まではどれくらいの距離があるのじゃ?」

「およそ70キロくらいだって。げっ、地図によると徒歩だと70時間くらいかかるみたいだ」


 並行世界では道はまともじゃないし、魔物だって出没する。

おそらく倍以上の時間がかかると思う。

唯一の救いは何回でもリトライできることだな……。


「そうそう、俺もついにスキルを身につけたぜ」


 暗い雰囲気を払拭するように、マジックガンナーの力で指先に魔法陣を作り出して見せた。


「ほう。図形も文字も私が知っているものとは違うな」


 ところ変われば品変わる、魔法だって同じじゃない。

そもそもスキルという特殊能力自体が珍しいそうだ。


「魔力を源にした能力であることは同じなのじゃが、発動の法則などはまるで違うようじゃ。私もその世界へ行けばスキルというものが得られるのかも知れぬな」


 そしたら魔法+スキルで最強の生物になっちゃうんじゃないか?


「ところで、魔素測定器とやらはどうなったの?」

「まだ、作成中だが、これが実物だ」


 占い師が使うような水晶玉に細かい文字が彫られている。

これで空気中の魔素というものの濃度が測れ、その成分などもわかるらしい。


「どうする、俺は今日中に錦糸町に行って、一回向こうの様子を見てこようと思うんだ。現地を見ればわかることも多いと思うからね」

「そうか、私はこの測定器を作り上げてから行きたいのだが」

「構わないよ、視察みたいなもんだから一人で行ってくる」


 昼食を食べるついでに二人で出かけ、そのまま総武線に乗って錦糸町へ向かった。

今日の昼は少し豪華なレストランにしておいた。

あちらこちらでレジを開けていたから懐は温かい。

腹ごしらえもしっかりしたし、錦糸町で異世界へダイブだ。



 錦糸町と言えば東京でも有名な歓楽街だ。

特に南口は飲み屋さんや風俗店、場外馬券場などが集まっていて雑多な印象を与えてくる。

好きな人にはたまらない雰囲気を醸し出す場所なのだろうが、ディストピアの世界ではここも例外に漏れず、倒壊しかけたビルが巨人の幽霊のように連なる場所になっていた。

風俗のお店なら大量の札束が残されているかな? 

チラッとだけ考えたけど、今にも崩れそうな雑居ビルに入っていく勇気はなかった。

ちなみに、元の世界でもそういう雑居ビルに入る勇気は持ち合わせていない。

だってなんか怖いじゃん! 

片側4車線ある広い京葉道路(国道14号)を東へ向けて歩き出した。


 歩き始めて30分もしない内に感じたのがダイエットの必要性だ。

装備は整ってきたのだが、そもそも俺の体力が整っていなかった。

さっきから息が切れて仕方がない。

余計な装備をつけすぎだよな……。

主に脂肪のことだけど。

エネルギー源にはなると思うが、いささか多すぎのきらいはある。

木更津まで歩ききったら5キロくらいは痩せるかな? 

そしたら、「パパ、カッコいい」って倫子に言ってもらえるかもしれない! 

脳内で妄想を爆発させてパワーに変えた。


 大通りには乗り捨てられた自動車が大量に残っていた。

鍵がつけっぱなしの車両もあるので、その気になればエンジンはかかるかもしれない。

ただ、俺は運転免許を持っていないし、道には邪魔な物が多すぎてまともに進むこともできなさそうだ。

路面の状態だって悪すぎる。

オフロードバイクでもまともに進めるかどうか……。

郊外に出ればもう少しマシかもしれないが都内にいる間はどうにもならないだろう。


 亀戸(かめいど)を過ぎたあたりで休憩を取った。

直線距離ではまだ2キロも歩いていないのだけど、途中で迂回したり、瓦礫の山を超えたりして疲労している。

喉を鳴らしながらペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分くらい飲み干した。

ぬるいアルカリイオン飲料が細胞の一つ一つに染み渡っていく。

生き返る心地だぜ。

次からは凍らせたペットボトルを持ってくるべきだな。

デブは涼しくても汗を掻く。

動いていればなおさらだ。

瓦礫を吹き抜けてくる秋風が、火照った体に心地よかった。


ギンッ


放心した状態で座っていると、高い金属音がどこからか聞こえてきた。


「逃げろ!」


 続いて人の声も聞こえてくる。

誰かが魔物に襲われているのか? 

飲みかけのペットボトルを放り出し、手をピストル型に握りながら声のする方へと駆けだした。

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