3-3
校舎前の校庭だったところは広い畑になっていた。
新しい土を入れて耕作しているようだ。
罰当たりなことに、土留めにはなんと墓石が並べて使われている。
この学校は数件のお寺に囲まれているような立地だから、そこから持ってきたのだろう。
まさに末法の世の中って感じだ。
ナンマンダブ、ナンマンダブ……。
「ここには何人くらいが暮らしているの?」
「今は42人だよ。死んじまう奴も多いけど、他所から合流する奴も結構いるんだ」
それほど大きいコミュニティーではなさそうだ。
耕作面積からいっても、それくらいが暮らしていける数の限界なのだろう。
農耕よりは狩猟に頼って生活しているのかもしれない。
「水はどうしてる?」
「隣の寺に井戸があるんだよ。そこから汲んでくる。畑の水はプールに雨水を貯めたりだね」
槍を掴んで睨んでいるときは怖かったけど、話せば気さくな感じの青年だった。
「ガム食べる?」
ポケットに入っていたブルーベリー味の板ガムを渡したら、ちょっとあり得ないくらい喜んでいた。
「マジでいいの?」
青年は周囲を見回してからポケットにガムをしまっている。
「あとで食べるよ。見つかったら横取りされるからさ……」
ここにも厳然たるヒエラルキーがあるのだろう。
青年の肩を叩いてもう1枚ガムを渡しといた。
「おばちゃん!」
青年が呼びかけると畑仕事をしていた女性が立ち上がった。
年齢は50歳くらいかな。
よく日に焼けて黒い肌をしている。
化粧のない世界だから、女性は俺の知っている世界の住人より歳をとって見えるのかもしれない。
ひょっとしたら40歳くらいかも……。
「この人は雅子さんと言って、ここでは最古参メンバーだよ。もともとの住人だから、オッサンの知りたいことを知っているかもしれないぜ」
雅子さんと挨拶を終えると、俺はすぐに本題に入った。
スマートフォンに残っていた写真を見せて倫子の行方を尋ねる。
「当時、四歳の子どもねぇ……。あの時はたくさんの子どもが避難していたのよ。ほら、この辺は小学校や保育園が多いでしょう」
「その子どもたちはどこに?」
「ほとんどが死んでしまったわ。貴方には悪いけど……。でも、自衛隊の大型ヘリで逃げられた人もいたの」
「ヘリ?」
「ええ。兵隊さんや武器を運んできたヘリが帰るときに、小さな子供や、そのお母さんは優先的に乗せてもらえていたわ。もしかしたら貴方の家族も乗せてもらえたかもしれない」
雅子さんは気休めで言ってくれているのだろうけど、俺にはその可能性に賭けるしかない。
「どんなヘリでしたか?」
「大きなヘリだったわ。確か木更津の方から来たって聞いた気がする」
木更津駐屯地か。
その手のことには詳しくないけど、きっと基地があるのだろう。
ここにいた人の一部はヘリで木更津の方へ避難できた。
その情報だけでもここに来た甲斐はあると思った。
だけど、塚本さんは、朝霞駐屯地も習志野駐屯地も壊滅しているらしいと言っていた。
千葉県の木更津だってどうなっているかはわからない。
不安は募るが行ってみるしかないだろう。
遠くの方から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「赤ちゃんがいるんですか?」
「そりゃあ、ここには男も女もいるからね。父親が誰かはわからないけど、皆で育てているんだよ」
そういうこともあるのだろう。
こんな住みにくい世界では、何もかもが集団でおこなわれる。
そうでなければ生きてはいけまい。
個人主義は高度な文明の上でしか成り立たない主張なのかもしれない。
お乳でも貰ったのか、赤ん坊の泣き声は聞こえなくなった。
出産だって命がけだろうな。
「お医者さんはいるんですか?」
「医者はいないけど元看護師ならね。それと『消毒』のスキル持ちがいるのよ」
スキルの種類というのは多岐にわたっているようだ。
「看護師ですか。妻の美沙も看護師でした」
「だったら生き残っている可能性は高いわよ。そういう資格のある人は優先的に避難させてもらえていたから」
優しく励まされて、少し泣きそうになった。
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