3-4
立ち去る寛二の姿を八木沼が物陰から覗いていた。
すぐ横には二名の部下が控えている。
「忍び足」と「跳躍」のスキル持ちで、どちらも追跡に向いていた。
「八木沼さん、あんなオッサンに何の用ですか?」
部下の質問に八木沼は呆れた表情を見せた。
「バカかお前は? 今どき、あれだけの食料を集めてこられる奴はそういねえ。絶対に特殊なスキルを持っているはずだ。だったら仲間に引き入れてえじゃねえか」
「なるほどぉ。んじゃ、俺たちはどうすればいいですか?」
「とりあえずオッサンの住処を探れ。できたら何のスキルかもな」
「了解です」
とぼけたフリをしていたが、八木沼は反町寛二のことを諦めたわけではなかったのだ。
二人の男に追跡されていることなど、寛二はちっとも気がついていなかった。
きょろきょろと周囲を見回して、汗を掻きながら歩いている。
まるで何かを探しているようだ。
八木沼の言う通り、探索系のスキルを使っているかのように見えなくもない。
やがて、寛二は何かを見つけたようで一軒の店舗に入っていき、そこで奇行ともとれる所業に出た。
「おい、アイツ何をしているんだ?」
「知らねえよ。なんかレジをこじ開けようとしているみたいだけど……」
「って、床にレジを投げつけているぞ。音で魔物に気づかれちまうぞ」
個人商店に置かれている旧型のレジを、寛二は床に叩きつけていた。
追跡者たちはわけがわからずに、顔を見合わせてオロオロするばかりだ。
ただでさえレジが床にぶつかって大きな音が出ているのに、今度は傍らにあった椅子でガンガンと破壊を試みている。
どうやら中に入っている金を取り出そうとしているようだと、二人の追跡者は理解した。
だけど、一体なんのために?
この世界において貨幣の価値は失われて久しい。
何かの拍子にレジの留め金が壊れて、ようやく引き出しが飛び出てきた。
寛二は汗だくの顔で嬉しそうに金をポケットに詰め込んでいる。
常識的に見て、その姿は狂っているとしか思えなかった。
その後も寛二はレジの破壊をいくつも試みていた。
うまく開く物もあれば、どうしても開かなくて、途中であきらめてしまうときもあった。
最初は何かスキルに関係あることかと、追跡者も寛二の様子を注視していた。
だが、かれこれ2時間以上も金を集め続けているがスキルを使っている様子はない。
デブが汗だくになってレジを破壊しているだけだ。
そうこうしているうちに、一匹の魔物が音もなく現れた。
巨大なワーム系の魔物で、コミュニティーの人間たちからはイモムシと呼ばれている。
食べると中々の美味なので罠で捕獲することが多い魔物だ。
だが、直接的な戦闘をすることは少ない。
見た目よりも動きが早く、パワーもあって侮れない魔物だからだ。
そんなイモムシが寛二の背後から迫っていた。
「オッサン! 気をつけろ!」
追跡者の一人が叫んだ。
「へっ?」
寛二が振り返るのと、魔物が飛びつくのは同時だった。
寛二は頭から魔物にかじられていた。
かつての校長室は、今では八木沼の部屋になっていた。
壁に掛けられていた歴代校長の写真はとっくに焚き付けとして利用されており、今ではビキニのグラビアアイドルのポスターにその場所を譲っている。
町中から集められたお洒落な家具がちぐはぐに配置された部屋で、大きなソファーにどっかと座った八木沼が部下たちの報告を聞いていた。
「オッサンが死んだ? いきなりか⁉」
「はい、イモムシに頭から食われてしまいました」
「あいつ、ぜんぜん魔物を警戒してなかったんですよ。堂々と道の真ん中を歩いているし、音だって平気で立ててたし」
「アホだ……。今どきそんな奴がいるのか?」
「いや、マジなんですって!」
八木沼は軽いカルチャーショックを受けていた。
街に出るときは魔物に気をつけて極力音をたてないようにするものだ。
そんなことは子どもだって知っている。
「お前ら、騙されてないか?」
「騙されて?」
「オッサンのスキルが幻影とか幻覚とか、そういう種類ってこともあるだろう?」
「そりゃあ……」
だが、あんなにリアルな光景が幻だろうか?
二人はバリボリと骨の砕ける音まで聞いているのだ。
「まあいい。俺たちに協力する気がねえなら、オッサンに用はねえ。だけど、この缶詰はますます貴重品になっちまったな……」
既に焼き鳥缶を一つ食べていたが、それ以上は八木沼も自制するつもりでいた。
交渉ごとに使えるかもしれない貴重な物資だから、無駄に消費するわけにもいかないのだ。
大きなコミュニティーとの取引の際に、多少は使えるカードになるはずだった。
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