3-1高円寺界隈

 気がつくと、俺は自分のアパートにいて、目の前にはエルナが申し訳なさそうに立っていた。

今回も無事に戻ってこられたようだ。

本音を言えば、絶対に戻ってこられるという確信はなかったんだよね。

何かの拍子にそのまま死んでしまうのではという恐怖はいまだにつきまとっている。


「戻ってきたか!」

「ただいま。エルナはやっぱり転移できなかった?」

「うむ。原因はいまだ不明じゃ。といっても、お主が転移してまだ1秒しかたっておらぬからな。いくら私が天才でも、それほどの短時間で問題を解決するのは無理というものじゃ」


 あれ? 

なんかおかしくないか?


「なあ、さっきエルナは自分が先行するから10秒後に転移してこいって俺に言ったよな?」

「いかにも」

「でもさ、向こうで死んだら転移後1秒の世界に戻るんだろう。10秒後の転移なんて不可能じゃない?」

「あっ!」


 宮廷魔術師長ってば、意外とおっちょこちょい!

エルナが転移できなかったのも案外そのあたりに原因があるのではないか?


「言われてみればそうだったな。次回は同時に転移するしかあるまい」

「そんなことできるの?」

「もちろん可能じゃ。どうして私が転移できなかったかはわからぬが、寛二におんぶしてもらえば転移自体はできるはずじゃ」

「おんぶぅ?」

「うむ。寛二のリュックサックは問題なく転移できたではないか。それと同じことじゃ」


 なるほど……。

でも、いいのかな? 

倫子以外の美少女をおんぶだなんて。

中身は29歳とわかっていても、背徳感がものすごい。

いや、この場合年齢は関係ない。

女の人をおんぶというのが、嬉し恥ずかしいわけでして、おいどんも男なわけでして……。


「それはともかく、向こうはどんな様子だった?」


独りでキモく悶える俺を無視して、エルナは質問してくる。


「それがさぁ、酷い世界なんだよ」


 俺はスタンピードによる世界の荒廃、魔物のこと、スキルのこと、向こうにいるであろう倫子のことなどを説明した。


「そうか……並行世界の娘を救わんとするか。その心意気や良し! 私も協力を惜しまんぞ」


 魔法が使えるエルナが一緒なら怖い物はない。

Fランクの冒険者がS級冒険者の仲間を得たようなものだろう。


「それにしてもスキルか……。イシュタルモーゼでは聞いたことのない力だ」


 塚本さんは危機に直面するとスキルが発現するって言ってたけど、どうなんだろう? 

俺は向こうの魔物に何回も襲われてるけど、めだった変化は見られない。

ひょっとするとただ襲われるだけじゃダメなのかな?


「なにか条件があるのかも知れぬな。少し調べてみるか」

「どうするの?」

「魔素濃度を測る魔道具を作製してみよう。向こうの大気を調べれば何かわかるかもしれない」

「そんなものが作れるんだ」

「私を誰だと思っておる? これでもイシュタルモーゼの宮廷魔術師長だぞ。その程度の魔道具など容易く作れるわっ!」

「頼もしい!」

「うむ。あ~、それでだな……」

「どうしたの?」

「その……少し金を用立ててもらえんか?」

「へっ?」

「魔道具を作るのに、傷のない水晶玉が必要なのじゃ。安い店を知っておるゆえ……1万円ほどな……」


 必要経費と思えば仕方がないか。

俺もこれから装備をもう少し充実させようと思っていたところだ。

ことに当たっては投資が必要になるのは理解できる。

俺は黙って金を手渡した。


「私は水晶を買いに行ってくるが、寛二はどうする?」

「俺は高円寺まで行って、そこから転移してみるつもりだ。向こうで倫子を探す」


 並行世界の倫子たちがどうしているかを早く確かめたかった。

それには高円寺にある美沙のアパート近くで転移するのが手っ取り早いだろう。


「わかった。死んでもこちらに戻ってこられるが、くれぐれも無理はしないようにな」


 俺たちは揃って出かけることにした。



 新宿に出ると、まずはしっかりとしたブーツを購入した。

ゴアテックスを使った防水性のブーツは靴底もしっかりしていて動きやすい。

これなら割れたアスファルトをよじ登ることもできそうだ。

ただ、靴だけで今回の稼ぎの3万3千円が吹っ飛んでいくのは痛かった。

ランチは豪勢にしようと考えていたのだが、予定変更を余儀なくされてしまったよ。

 仕方がなく、エルナと一緒に牛丼屋に入った。

とは言え、牛丼は俺の大好物の一つだ。

特盛に卵をかけてかきこんだのだが、ついでにサラダを頼むことも忘れなかった。

これで少しは栄養バランスも良くなっているはずだ。

健康に気を使ったことなんてなかったけど、これからはますます体が資本になるだろう。

こちらの倫子とあちらの倫子、両方の倫子が幸せになるように、父ちゃんは頑張らなければならないのだ。


「帰りは何時になるかわからない。俺が帰ってなかったらこれで鍵を開けて入っていてくれ」


 合鍵をエルナに渡しておく。


「すまぬな」

「仕方がないさ。もう協力するって決めたからな」

「うむ。私は寛二に巡り会えて幸運だった」

「いいってことよ。あっ、ただし、パソコンにだけは絶対に触れないでくれ」

「うむ……」

「俺の本業は小説家だ。大事な書きかけの原稿が入っているから触られたくないんだ」

「そういうことか、委細承知」


 小説家は何気ない態度で嘘をつく。

かくして、大事なシークレットフォルダは守られた、

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