2-10
エントランスの入口を塞ぐようにいくつもの家具や家電が置かれていた。
安全を確保するための防御柵だそうだ。
最小の荷物をどかして人の通れる隙間を作り、そこから腹ばいになって表へ出る。
壊れかけのサンダル履きでは骨の折れる作業だった。
「本当に行くの?」
塚本さんには、俺が激戦地へ向かう出征兵士のように見えるらしい。
どことなく諦めの滲んだ顔が、積み上げられた壁の向こうに見えた。
俺は死ぬものと決めてかかっているようだ。
その予測は間違ってはいない。
遠くない未来に俺は死ぬだろうし、そう目論(もくろ)んでさえいる。
この辺を散策しつつ、魔物を見つけたら頭を下げて丸かじりをお願いする予定だ。
ただ、死ぬ時でもサムズアップはしておきたい。
「アイルビーバック」は嘘じゃないんだ。
「ちゃんとお金を集めておいてよ」
泣きそうな塚本さんに笑顔でお願いしておいた。
「バカ、アンタが死んだら意味ないじゃない」
「死なないって。今は秘密だけど、俺もちょっとした魔法が使えるからね」
「それ、貴方のスキルに関係すること?」
時空魔法の魔導書はスキルじゃないけど、塚本さんを安心させるためにもそういうことにしておこう。
塚本さんとその仲間には、せっせと現金を集めてもらわなければならないからね。
「そういうこと。近いうちに戻ってくるよ。ひょっとしたら俺の方から松濤(しょうとう)公園へ行くかもしれない」
「わかった。反町の名前は私から仲間に伝えておく」
「よろしく」
ちょっとキザに片手を上げて、別れの挨拶にした。
デブって意外とカッコつけなんだぜ!
どうせ死ぬつもりでいるので、鉄パイプとリュックサックは部屋に置いてきている。
襲われたときに手を放しでもしたら、また買わなくてはならない。
玄関のカギはかけてきたけど、塚本さんがその気ならベランダからだって侵入は可能だろう。
そのときは部屋の荷物を盗まれてしまうかもしれないけど、とりあえずは気にしないことにした。
今回稼いだ3万3千428円は絶対に落とさないようにと、レジ袋にまとめてポケットの奥にねじ込んである。
身につけてさえいれば、一緒に転移されるはずだ。
道路にはコンクリートの破片やビニールゴミなどが散乱していて歩きにくかった。
サンダルを引きずりながら、とりあえず防衛省の方まで移動する。
靖国通りに出たら新宿方面へ歩くつもりだった。
「うおぉ……」
あまりの光景に名状しがたい感嘆が漏れた。
大通りには乗り捨てられた自動車に混じって、戦車までもが打ち捨てられていた。
戦車はどれも黒く煤けていて、中には魔物の骨や甲虫のような外骨格と絡み合っているものもある。
残骸から判断するに、魔物の体長は1メートルから8メートルくらいが一般的で、中には20メートルを超える大きな個体もあったようだ。
「そりゃあ文明も滅びるわ……」
道の端は躯≪むくろ≫で埋め尽くされている。
魔物も人も入り乱れてだ。
こんな危険生物が都会の真ん中に突然現れてしまったら、人になす術なんてなかっただろう。
現代兵器が強力とはいえ、大量の魔物による電撃的強襲に作戦が追い付かなかったのかもしれない。
国家が壊滅した後も、人類はそこいらに落ちている武器を手に取って戦ったそうだ。
塚本さんも死んだお巡りさんや自衛隊員の武器を拾って応戦したと言っていた。
市民一人一人が戦って、ようやくこの状況になっているのだ。
俺には想像もつかない地獄だったのだろう。
靖国通り沿いの店はどこも荒らされていた。
特に食料品はこれぽっちも見当たらない。
そのかわり、どの店のレジも遺棄されたままになっているのが見て取れた。
これなら塚本さんを使わなくても取り放題じゃないか!
でも、こじ開けるのにバールとかが必要そうだな。
レジを抱えた状態で死に戻るというのは、上手くいく気がしない。
殺害される過程で、きっと手放してしまうと思う。
やっぱり金だけ回収して、落とさないようにする必要があるだろう。
「グルルル……」
きょろきょろと周囲を物色しながら歩いていると、一匹の化け物が牛丼屋から飛び出してきた。
向こうの世界だったら、俺もよくいく牛めしの旨いチェーン店だ。
「待ってたぜ大将」とか、カッコよく言おうと思ってたんだけど、実際に対峙するとそんな余裕は吹き飛んでいた。
だってライオンを悪相にして、筋肉を露出させて、さらに尻尾に棘を生やしたようなクリーチャーが出てきたんだもん。
オシッコをちびっても文句は言わないでほしい。
「た、助けて……」
いや、死にたいくせに何を言っているんだ、俺は!?
自分で自分にツッコミを入れている内に魔ライオンが襲い掛かってきた。
鉄パイプ?
こんな生物を相手に意味ないじゃん!
あれは対人用の武器だな……。
魔物の爪が頭蓋骨にめり込む感触が一瞬だけした。
ありがたい、今回も即死のようだ……。
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