2-9

 塚本さんの話で東京の各所にコミュニティーが存在していることがわかった。

リーダーは大抵攻撃系のスキルを持っているやつみたいだ。

中には女性だけのコミュニティーもあるらしい。

桃源郷かよ⁉

いや、俺は「ヒャッハーッ!」とか叫びながら乗り込むタイプじゃないけどさ。


「大きいコミュのリーダーは大抵強い力を持っているの。その分、横暴であることも多いわ」


 なんだか世紀末の覇王みたいな奴が現れそうな状況だけど、人間同士の集団的な争いは少ないらしい。

魔物がいるのでそれどころではないというのが実情のようだ。

それでも、食料を略奪する行為は日常茶飯事のように行われているとのことだった。

 各コミュニティーは協力したり反目したりと、関係性はそれぞれみたいだ。

物々交換は頻繁に行われているようで、塚本さんが所属している鍋島松濤(なべしましょうとう)も芝公園コミュとの間に取引がある。

魔物の肉や物品を、塩や干し魚と交換しているとのことだった。


 物々交換とはいいことを聞いたな。

食料を持ってコミュニティーへ行けば、簡単にお金が手に入るかもしれない。

上手く交渉できればの話だけど、並行世界で成金の匂いがしてきたぜ!


「塚本さんのコミュに行ったら、お金と食べ物を交換してくれるかな?」

「本気で言ってるの?」


 異様なまでの興奮がこちらにまで伝わってきた。


「うん。レートは高いよ。そこにあるカロリーブロックなら1箱10万円だ」

「わかった。帰ったら皆にも伝えとく。……本当に交換してくれるんでしょうね?」

「ああ。約束するよ」


 この反応を見る限り、塚本さんはこのレートで納得しているようだ。

彼女も、食料を集めるよりもお金を集める方が簡単だと考えたのだろう。

こんなにうまくいくとは思わなかった。

200円のカロリーブロックが10万円になるんだぜ。

もう、笑いが止まりませんや。

とりあえず3万2千円は確保したし、あとは周囲の状況を確認してから元の世界に帰るとしますか。

そのためには死なないといけないんだけど……。

どうやって死のうかな? 

それが問題だ。


「ところで、俺の部屋から靴を持っていったのって塚本さん?」


 外に出るためには靴が必要だ。


「いいえ、私は知らないわよ。私がとったのは布団と燃料だけだもの」


 燃料って……。

自作を燃料扱いって傷つくな。

焚書(ふんしょ)がまかり通るなんて碌な世の中じゃないよ。

それにしても靴がないのはきついな。


「アパートの他の部屋を探してみたら? もしかしたら自分に合う靴が見つかるかもしれないじゃない。大抵は持ち去られているもんだけどね」

「他の住人は?」

「いないわ。こんなところに独り暮らしは無理だもん。普通の人間ならコミュにいるものよ。中には一人暮らしの変わり者もいるみたいだけどね」


 それが本当のコミュ障ってやつか?


「わかった。とりあえず靴を探してみるよ。あっ、部屋の鍵はどうなっている?」


 鍵がかかっていては立ち入ることはできない。


「どこも開いているわ。誰かが管理人室の鍵で開けたんだと思う」


 なるほど、どの部屋も略奪済みというわけだ。

 よっこらせと立ち上がり、他の部屋を見て回ることにした。



 とりあえず2階から見回ろうとしていたら、塚本さんもドアチェーンを外して部屋から出てきた。


「どこか行くの?」

「私も見回るの。貴方より先にお金を見つけたいし」


 生活必需品の場合は持ち去られていてもおかしくはないけど、役に立たないお金なら部屋に残されている可能性は高い。

俺よりも先に見つけて、食料を買いたいということなのね。

心の広い俺としてはそれでもまったく構わない。

むしろツナ缶一つで労働力を雇えると思えば安いものだ。


「俺の足に合う靴を見つけてくれたら特別ボーナスを出すよ」


 デザートのチョコ棒を贈呈しよう。


「わかったわ。ねえ、お金は日本円だけ? ドルとかユーロとかは?」


 それは考えていなかったな。

両替が面倒だけど、まとまった金になるのならそれでもいいか。


「構わないよ。そのかわり、レートは1ドル、1ユーロともに50円ってことで。あっ、小銭はなしでね」


 超円高! 

リーマンショックのときでさえここまでにはならなかったよな。

これぞまさに反町ショック!

100ドルくらいになったらアキバの両替屋で円にしてもらうかな。

手数料を差っ引かれてもぼろ儲けだ。

ついでにショップ巡りもしてこよっと!

 塚本さんと別れて他の部屋を物色した。



 人の部屋に入ると、その人の人生が見えてくる。

特に棚に並ぶ本をみれば一目瞭然だ。

本が無くてもインテリアのセンスとか、家具の配置なんかでも察することはできる。

だけど、ここの部屋はどこも荒らされすぎていて、遺された状況からは住人の個性までは見えてこない。

ただただ当時の混乱と、その後の荒廃が窺えるだけだ。


新堀さんへ

実家のある山梨へ避難します。

山梨県甲府市酒折〇丁目

           川原優実


 こんなメモが壁に張りつけられているのを何枚か見た。

この人たちはどうなったのだろうか? 

そして、俺はあることに気がついて驚愕する。


 この世界の倫子はどうしているのだ? 


 最悪の事態を想像して、口の中に酸っぱいものがこみ上げてきた。

魔物の世界同時スタンピードが発生してから二年だ。

時間軸が元の世界と一緒なら、当時の倫子は四歳か。

ちょうど美沙が出ていった時期に重なっている。

この世界の俺が倫子と一緒にいるのなら救いはある。

だけど、こちらにもう一人の俺は存在するのか?


 締め付けられるように胸が苦しくなり、踊り場で座り込んでしまった。


「ねえ、こんなのどうかな?」


 別の部屋から出てきた塚本さんが明るく話しかけてきた。

彼女は赤いハイヒールを手にしているけど、今の俺はジョークに笑えるほど気持ちに余裕はない。


「なあ……高円寺の方がどうなっているか知ってる?」


 高円寺には美沙と倫子が住むアパートがあるのだ。


「さあ、あっちの方はあんまりいかないから。でも、どこも同じだと思うよ」

「そうか……。ちょっと出かけてくるよ」

「まさか、高円寺まで?」

「……」

「その恰好じゃ無理よ」


 ジャージ姿につっかけ履きでは問題だろうか。

ここから高円寺までなら10キロくらいだから、こんなナリでも3時間はかからないはずだ。


「道路なんて寸断されているのよ。崖をよじ登らなければ通れないところもあるわ」


 魔物を駆逐するために、大量の兵器が使われた結果そうなってしまったらしい。

核爆弾が使われなかったのは奇跡だな。

世界の他の都市はどうなっているかわからないけど。


「止めておいた方が無難だわ」

「心配してくれるの?」


 デブは惚れっぽいのだ。


「違うわ、せっかくの話がフイになるのが嫌なのよ」


 うん、わかっていたよ。


 冷静になって考えてみれば、大災害から二年も経過しているのだ。

倫子のことは心配だけど、慌てたところで仕方がない。

ここはいったん元の世界に戻って高円寺で再転位する方が、この世界を移動するよりよっぽど早い気がする。

だったら、さっさと死んじまうか……。

なんて、そんな勇気はまだ出ないんだけどね。

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