2-8

 俺がお金の話をすると、塚本さんは呆れた声を出した。


「貴方、わかってるの? 今の日本ではお金なんて何の価値もないのよ。せいぜいが焚きつけにするくらいの代物なの」


 俺の著作も焚きつけにされていたもんな……。

貨幣経済がぶっ壊れているのだから当然のことだろう。

だけど俺はここまで出稼ぎに来ている身であり、金こそが唯一の目的だ。

倫子の養育費やエルナの生活費を稼がなくてはならない。

エルナと暮らすのは嬉し恥ずかしで素敵なんだけど、いつまでも一緒というわけにはいかないだろう。

今回の遠征で、とりあえずウィークリーマンション、最低でもネカフェに彼女が泊まれる金は稼いでおきたい。


「それはわかっているんだけど、ちょっとした事情で金を集めているんだ。もしも塚本さんが金をくれたら、食べ物や生活必需品と交換するよ」

「本当なの?」


 我ながら上手い手を思いついたもんだ。

一人で金を探すより、塚本さんのような現地人に協力してもらった方がずっと効率がいい。

えへへ、半額おにぎりを10万円で売り付けちゃおうかな? 

う~ん、俺ってば超極悪!


「ちょ、ちょっと待ってて!」


 目の前でバタンとドアを閉められてしまった。

何事かと耳を澄ませると、しばらく室内で荷物をひっくり返すような音が続き、やがて塚本さんは戻ってきた。

手にはお札が握られている。


「こ、これで何か貰える? 3万3千428円あるんだけど……」


 おにぎりが10万円の予定だからなぁ……。

でも、必死な塚本さんの顔を見たら、あんまりアコギなこともできないような……。

気迫というか、必死さがビシビシ伝わってきて、俺の心も痛いくらいだ。

よっぽど美味しい食べ物に飢えているのだろう。

金がなくて納豆ご飯ばかり食べていたころ、大盛りカツカレーやこってりラーメンを渇望した記憶がよみがえる。

デブは食欲を伴う人の心の痛みには敏感なのだ。


とりあえずエルナのネカフェ代を稼げればいいか……。


「3万3千円だとこれくらいかなぁ……」


 リュックの中でカロリーブロックの箱を開け、中の包みを一つだけ取り出した。

やっぱり俺は鬼!

金の鬼畜と呼んでくれぃ!

養育費のためなら俺は魂だって売ってやる‼


「カロリーブロックじゃない! 懐かしい! 見るの何年ぶりだろう!?」


 これっぽっちでも喜んでもらえるの? 

塚本さんはあっさりとお金を払ってくれた。

いきなり3万3千円ゲットだぜ! 

やっぱりバイトを辞めて正解だったか。

ちょっと高すぎるかなとも思ったけど塚本さんはやけにはしゃいで見える。

ここではお金は無価値だもんな。

元の世界で、ガムの包み紙と一万円札を交換してもらえたような感覚かもしれない。


「普段は何を食べているの?」

「普段? 魔物の肉とか魚とか野菜かな」

「野菜なんて取れるんだ」

「うん。あちこちにコミュニティーがあって、そこで作ってるの。ここから一番近いのは新宿御苑かな。100人くらいが集まって暮らしているわ。けっこう大きい畑もあるのよ」

「塚本さんもそこの人なの?」

「私は渋谷の方の小さなコミュよ。鍋島松濤公園(なべしましょうとうこうえん)って知ってる?」


 その名前は聞いたことがなかった。

新宿御苑だけじゃなくて、代々木公園や砧公園などにもコミュニティーがあるそうだ。

田舎の方にも人はいるみたいだけど、詳しいことは塚本さんも知らなかった。


「一度、塩を求めて旅人が来たな。長野県からだって言ってた」


 塩だけでなく、衣服や生活必需品などを求めて旅をする人もいるそうだ。

大部分は消費されてしまったが、都会では遺棄された物資がまだ残っている。

ただ、残された道具を回収するのも命懸けだ。

街には魔物がうろついている。


「塚本さんはなんでここにいるの?」

「私も服とか使えそうな道具とかを探しにね。あわよくば食料もって思っていたけど、まさかお金と交換できるとは思わなかったわ」

「一人で危なくない? 仲間と一緒に行動しないの?」


 塚本さんは単独で探索をしているようだけど、危険だし効率も悪いと思う。

コミュニティーに所属しているのなら、その人たちと一緒に行動すればいいのに。


「私は隠密行動が得意なのよ。スキルの関係でね」


 スキル?


「中二病ですか?」

「バカ。貴方、スキルのことも忘れているの? 貴方だって何らかのスキルを持っているでしょう?」


 魔物の発生から1年くらい経った頃、人類は徐々に不思議な能力を発現させていった。

ある者は腕力が倍に、またある者は空気から水が作り出せるようになった。

中には火炎を飛ばして敵を焼き尽くすなんて能力を身につけた者もいるそうだ。


「映画の中のヒーローみたいだな」

「そうね。私のスキルは『隠形(おんぎょう)』。気配を消すことができる技よ」


 スキルを使ったのだろう、目の前にいるというのに、突然塚本さんの存在が希薄になった気がした。

気をつけて見ていないと、そこにいないみたいな感覚になる。


「物陰に潜んでやり過ごせば、鼻のいい魔物にさえ存在を気づかれないわ。だから探索と収集を買って出ているの。品物の場所が把握できれば仲間たちが取りにくる予定よ」


 これなら、魔物も誤魔化されるかもしれない。


「なるほどね。じゃあ、俺もスキルを持っているってことかな?」

「持っていない人なんて見たことないわ」

「そっかぁ、夢が広がるなぁ」

「本当に変な人……」


 変人扱いには慣れている。

小説家は妄想家。

その程度の言葉攻めなら、脂肪の鎧が跳ね返す。

でも、見た目と作品をけなすのはやめてね。

あれは固定ダメージだから。


「スキルっていつになったらわかるかな?」

「大抵は危機に陥ると発現するの。私のスキルも最初のコミュが襲われたときだったから。おかげで私は生き残れた……」


 塚本さんの瞳に暗い影が差していた。

この人も苦労したんだろうな。


「これも持っていきなよ」


 つい仏心が湧いてしまって、もう一つのカロリーブロックの包みも渡してしまった。

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