2-3

 近づいて顔を確認すると、それは間違いなくエルナ・リッツだった。

俺の部屋の扉にもたれかかった状態で、スースーと寝息を立てている。

世界的に見ても東京は安全な都市だと思うけど、10代くらいの女の子がこんなところで寝ていたら何をされるかわからない。

ましてやエルナは美少女だ。

ご両親だってきっと悲しむだろう。


「ちょっと、起きて」

「ん? おお、帰ってきたか」


 俺を待っている間に眠ってしまったようだ。


「こんなところで何をやっているの?」

「もちろんお主を待っておったのじゃ」


 住所を教えた覚えはない。


「アドレスしか交換してないよね? どうやってここを突き止めたの?」

「魔力探知機じゃ。昨日お主も見たじゃろう?」


 パラボラアンテナ付きのクッキー缶のことね。


「お主の魔力波長は昨日のうちに記録しておいたからな。あとは残存魔力を追跡してこの部屋を見つけたというわけじゃ」


 魔法少女はなんでもありか……。


「それで、なんの用? もう遅いから要件なら明日の朝にしてほしいんだけど」


 そろそろ夜の9時になる。

さっさと執筆にとりかかりたいのだ。

コンクールの締め切りも近い。


「うむ……少々込み入った話をしたいので、中に入れてはもらえないだろうか?」


 それは困る! 

中は散らかっているし、ここはワンルームだ。

敷きっぱなしの布団がある部屋に女の子を招き入れるわけにはいかない。


「未成年をこんな時間に部屋へ入れられるか!」

「未成年? 私は29歳じゃぞ」

「はっ? 17~8歳にしか見えないんですけど……」

「母方の祖母がエルフだから若く見えるのじゃ。だから安心いたせ」


 それなら安心だ、って、わけにいくか!


「そうであっても他所の女の人を部屋に入れるなんてできないよ」

「……他に行くところがないのじゃ」


 エルナははらりと涙を零した。


「だって、俺に6万円もくれただろう?」

「あれは私のほぼ全財産だ」

「どういうことだよ……」


 よく見るとエルナの横には大きなキャリーバッグが置かれている。

状況だけを見れば、まるで外国人の家出少女だ。

実際は宿なしの異世界人なのだが。

いずれにしても放ってはおけないか……。

だけど俺だって余裕のない身だ。

ホテル代はおろか、ネカフェの料金だって支払ってやるのはきつい。


「わかった、せめて部屋を片付けさせてくれ」


 エルナを待たせて部屋に入り、大急ぎでゴミをまとめた。

洋服はクローゼットへ突っ込み、デスクトップにある怪しげな画像も全部一つのフォルダにまとめて、ちょっと奥へと放り込んだ。

その間にも換気扇を回し、窓も全開にして空気を入れ替える。

自覚はないけど匂いは怖い……。

加齢臭……してないよね?

なんとか10分で体裁を整える。

まあ、こんなもんでいいだろう。


「おまたせ……」

「うむ、世話をかけるな」


 人を部屋へ招き入れたのなんて何年ぶりかな。

エルナが部屋に入ってきた途端に、どんよりとした室内に大輪の花が咲いたような気がした。



 インスタントコーヒーを作り、マグカップでだした。

客が来たら何か出すというのは日本人の形式美みたいなものだ。

異世界にもそういう文化はあるのだろうか?


「それで、どういう要件なの?」

「まずは私がどうしてこの世界にやってきたかを説明させてほしい」


 そういえば、聞いてなかったな。


「私はイシュタルモーゼという国で宮廷魔術師長をしていた」

「へえ、29歳で魔術師長って相当異例な出世だったんじゃない?」

「私自身が王族であったということもある。だが、自分で言うのもなんだが、私の魔法的才能は他を凌駕していた」


 見た目は小さな女の子なんだけどね。

王族ですか……。

だから、ちょっとだけ偉そうなのかな?


「だが、私は自分の才能に溺れ、禁断と言われた時空魔法の研究に憑りつかれてしまったのじゃ……」


 潤沢な研究費を自由にできる身分だったので、エルナの研究は順調だった。

また、周囲の期待も高かったそうだ。


「私が開発していたのは瞬間移動を可能にする魔導装置だ。それを使えば王都から国境の砦までを瞬時に移動できるはずであった」


 王国の版図は広かったので、伝令や物資を瞬く間に運べるその装置は、皆の期待を一身に背負っていたという。


「プロトタイプが完成し、動物実験も成功したのは研究開発が始まってから三年後のことであった」

「よくわからないけど、それってものすごく早い開発スピードなんじゃない?」

「うむ。私は天才魔術師ゆえな」


 魔法少女はぐっとない胸を張る。


「だけど、失敗した?」

「う、うむ……」

 打ちひしがれた様子の魔術師長殿は説明を再開した。

 動物実験に成功したエルナは、いよいよ人間による運用を試みたそうだ。

周囲の反対を押し切り、実験台にはエルナ自身が志願した。


「私なりに自信はあったし、誰かにやらせるのも酷だと思ったのじゃ。今にして思えば、時空を超える人類一号になるという名誉欲もあった……」


 絶対の自信を持って臨んだエルナだったが、悲劇は起こってしまう。


「国境の町カメータへとたどり着く予定が、何の因果か、異世界の日本という国にある蒲田駅へとたどり着いてしまったのじゃ」


 それがだいたい1年くらい前のことだった。

エルナは身につけた装飾品を売ったり、商売をしたりで、この1年間を東京で暮らしてきたそうだ。


「どこに泊まってたの?」

「主にネカフェじゃ」


 きっと苦労したのだろう。

身分証明を持たない異世界人じゃ、アパートだって借りられないもんね。


「女子高生を相手の辻占いが主な収入源であった。私の占いは当たると評判だったのじゃ」

「時空魔法って占いまでできるの?」

「いや、私に占いの力はない。ハッキリ言ってでたらめじゃ。本人の欲しい言葉を投げかけてやるだけの児戯(じぎ)じゃな。魔法を使った演出のおかげで喜んでもらえたのじゃろう。。一部では「渋谷のエルナ」と評判だったのじゃ。それだけじゃなく読モというものもやったことがあるぞ」


 これくらいの美少女ならモデルだって余裕でこなせそうだもんな。

住所不定じゃ専属モデルは無理そうだけど……。


 ということで、エルナがこの世界にやって来た訳と、日本で苦労したことはよくわかった。

だけど、俺の家を訪ねてきた肝心の要件は何だろう?

まさか、あの魔導書を取り返しにきたのか?

あれがないと出稼ぎに出られないのだが……。


「そんな苦労をしながら書き上げたのがあの魔導書じゃった……」


 げっ、やっぱりそうなのか?

でも、返してあげないと可哀そうだよな。

なんとか、たまに貸してもらえるように話をつけてみるか……。


「あれなら俺が預かってるけど……」

「うん? あんなものはもう必要はないぞ。少々書き換えたくらいでは修正は不可能な代物だからな」


 なんですと?


「じゃあ、俺が貰っちゃっても……いいかな?」

「構わぬぞ」


 よかったぁ!

安堵の溜息がこぼれそうになってしまう。

何と言っても、あれがないと俺の計画はおじゃんだ。

バイトを辞めた意味がなくなってしまうよ。

心底ホッとすると、陽気な気分になってきた。

今ならつまみに買ったチーズちくわを全部贈呈してもいいくらいだ。

本気でプレゼントしようとしていたら、異世界の王女様がいきなり、それは、それは、綺麗な土下座をかましてきた。

「な、なんだよ、突然!? やめなって!」

「この通りじゃ!」

 俺の制止も聞かず、額をカーペットにこすりつけている。

その辺にはポテトチップスのかすが落ちているはずだから止めるんだ!

コンソメの匂いが付いちゃうぞ。


「だから、どうしたって言うの? 頭を上げてよ」


 エルナはまだ同じ体勢のままだ。

 

「私をここにおいてはくれないだろうか?」


 ここに? 君を? 


「はあっ!? アンタ、自分が何を言ってるのか……」

「金がないのじゃ!」


 うっ、その苦労は痛いほどよくわかる……。

でも、倫理的に一緒に住むって、どうなんだ?


「ルームシェアするにしたって、ここはごらんのとおりワンルームだぞ。いろいろ問題もあるだろう……」


 着替えとか、お風呂とか、寝るとことか……。

ん?

俺得の状況しか思いつかん……。

いやっ!

ダメだ、ダメだ!


「金の問題だけではない。最大の理由はお主の魔力じゃ。お主が寝ている間にこぼれる魔力を私の新しい魔導書に活用させてほしい!」


 元の世界へ帰るためには、新しい魔導書を書かなくてはならないのか。

魔導書の作製には大量の魔力が必要になるそうだが、俺は普段から垂れ流すほど魔力を持っているらしい。

そんなにたくさんあるのか。

よく食べるからかな? 

ちなみに、食欲と魔力は関係ないと言われてしまった。

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