青い、青い、星
黒木ココ
青い、青い、星
「ねえ見て。これが私達が生まれた大地だよ。一緒にこの景色を見たかったなあ……」
私は背中におぶさった少女に話しかけた。
でも、彼女はもう二度と目を覚さない。うまく背負ってやらないとすぐに硬い床に滑り落ちてしまうから。
天空の彼方で私は眼下に広がる大地を見下ろす。
海の青、森の緑、雲の白が水面に溶かした絵具のように混ざって広がる一方で、太陽の影になっている部分は一面闇に覆われている。
「あのとっても大きな影の中が夜だなんて信じられないなあ……」
私は魔王と呼ばれる存在だった。
彼女は勇者と呼ばれる存在だった。
私は生まれながらに魔王であり、彼女は生まれながらに勇者だった。
なぜそうだったのか、そうだったからそうだったとしか言えない。そういう世界に私達は生まれ落ちたのだから。
生存領域を求めて長い時を人と魔は争い続けた。
私も先代に倣って自らの版図を広げるために争った。一方で本当に争うことしかできないのかと疑問に思い続けていた。
誰にも打ち明けられぬ本心を抱いていたある時転機が訪れた。
今回の勇者は世界一の大国の王族だった。
私の知る限りでは政治に深く携わることができる人間から勇者が発生したのは初めてだった。
もしかしたらこの争いを止められるかもしれないと私は淡い期待持って彼女に接触したのが始まりだった。
そう、それは終わりの始まり。
彼女もまたいずれ人の上に立つことが約束されている身、本当にこの争いが必要な争いなのか幼心に感じていたと言う。
私達は誰にも知られず意気投合し、来るべき日を夢見ていた。
表向きは一進一退の攻防を繰り返し裏では彼女と争いを止める方法を模索する日々。
茶番だった。本当に茶番だ。そうしているうちにお互いの陣営が血を流し続けているというのに。
私達は現実に打ちのめされる。私達が生まれる前よりもずっとずっと前に人も魔も引き返すべき地点をとっくの昔の通り過ぎていたのだ。
憎悪の連鎖は誰にも止められない。そして私達の計画がどこかで漏れたのだろう、勇者が暗殺された。同じ人間の手によって。
人間の希望を背負う勇者が魔王と通じ裏切り者として処刑された。
それなら諦めもついただろう。でもこともあろうに人間は勇者の死を私達魔の者によって討たれたと喧伝したのだ。
憎悪が止まらない、世界が血で染まる。
どちらかが絶滅するまでもうこの争いは止まらない。
私達は馬鹿だ。こんな世界のために戦っていたのだから。
私は配下も居城も全てを捨て単身彼女の亡骸を回収した。
彼女を亡者として復活させようとしたが勇者の加護は死してなお働き魔の力を阻害する。
私にできたのはこれ以上彼女の亡骸が醜くならないようにすることぐらいだった。
無限の戦火が地上を覆う様子を尻目に私はここにいる。
世界の果て、古の神々が植えた鋼鉄の大樹。その先端に鎮座する箱舟と呼ばれるもの。
どういうわけか大樹は私をあっさりと主と認め箱舟へと案内した。
眼下に広がる美しい大地、とても現在もなお戦火が覆っているとは思えない美しい光景。
自然と懐かしさにも似た感情が湧いてくる。全ての生きとし生ける存在が郷愁に駆られる青。
一方で眼上には漆黒の空がどこまでも続いている。ここは空の最果て――ではなかった。
残された太古の断片的な記録によると神々はこの大地を捨てこの漆黒の空の最果てを目指してここから旅立って行ったという。
私達もそれに続こう。
あなたが傍にいれば寂しくない。
私は背中の物言わぬ彼女を降ろし、陶器とも鉄とも付かぬ感触の床に座らせる。
私も床に座り肩で彼女の上半身を支える。
「出発する前にけじめをつけないとね」
この施設の制御は私が完全に手中に収めている。
頭で考えるだけでそれは私の命令を読み取り実行の準備に入る。
何度も何度も本当にそれを実行するのかと確認してくる。
なんだこいつしつこい、私を主と認めたならさっさと実行しろ。
船内に私を主と認める使い魔の声が響く、何やら数字を数えてるがその数字が小さくなっていく。
そして眼下に向かって何かが放たれるのを私は見た。
ややあって、ここからでもはっきりと見えるほどの超巨大な半球状の閃光が地上の一部を飲み込む。
私が指定したのは彼女の生まれ故郷、人間達の国の中でももっとも軍事力に秀でた世界一の大国の首都。
それは堅牢な城壁に守られ何人たりと侵せぬ鉄壁の城塞だった。
そう、だったのだ。彼女の生まれ故郷はたった今地上から消滅した。
あの地で憎悪に塗れた人間共は自分が死んだことすら気づく前に光の彼方に消え去った。
かつての魔王達が攻め落とせなかったものを私はものの十数秒で消し飛ばした。
ちまちまと地上を這いつくばり兵を率い、敵や味方と武勇を競い合っていたのが空しくなる。
続いて私は使い魔に命令を下す。今度は私が生まれた居城に向けて。
同じく半球状の閃光が地上を焼き尽くす。
私がいなくなったことで次の魔王の座を巡って争う愚か者共はその玉座ごと消し飛んだ。
あとは適当、なるべく誰かが棲んでいそうな場所に向けて手当たり次第にそれを撃てと使い魔に命ずる。
白い閃光が大地を覆う。
青い大地が燃え落ちる。
青い大地が焼け落ちる。
こんなものを舟に残していたなんて何が神だ馬鹿馬鹿しい。
お前たちだって私達と同類だ。どうせこれを撃ちすぎてこの大地に住めなくなって逃げだしたのだろう。
赤く燃え盛る大地を私達は肩を寄り添いながら眺めている。
もし彼女が生きていたら何と言っただろうか。いやそれを今更考えるなんて詮無きこと。
また眼下で地上を灼く白い光が迸るのが見えた。
青い、青い、星 黒木ココ @kokou_legacy
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