第8話 わたしとあなたは違うから

「それ、メグちゃんからもらった服?」

 中身がたっぷり詰まった大きな紙袋を持って帰宅したわたしを見て、母が言った。

「何で知ってるの?」

「メグちゃんから電話もらったもの。あらあら、こんなにいただいちゃって、良かったのかしら。緋奈、ちゃんとお礼言った?」

 わたしが靴を脱ぐのに玄関に置いた紙袋の中身を見て、母は「あらあら高そうな服。さすがね」と感心したように言う。それから勝手に中身を取り出して、品定めをはじめた。

「お母さん、ほしいのあったら持っていって。ジャケットとか、わたし着ないし」

「そう? でも十代の子が着る服でしょう。お母さんに似合うと思う?」

「別にいいんじゃない、知らないけど」

 楽しそうに白崎メグミのおさがりを物色する母と大量の服を置いて自室に行こうとしたとき、母がぽつりと「さみしくなるわね」とつぶやくように言った。

「いま三年生でしょう。あと半年で卒業なのに、この時期になんて大変よね。お仕事が順調なのは良いことだけど」

「……何の話?」

「メグちゃん、東京に行くんでしょう? モデルのお仕事が忙しくなったからって」



 白崎メグミとは、家族ぐるみで仲がよかった。

 それこそ小さい頃はおさがりをもらったこともあったし、一緒に旅行をしたこともある。幼いわたしは、栗色の髪をした背の高い彼女のことを、姉のように思っていた。

 白崎メグミはいつも、可愛い服を着ていた。シンプルだけれど、質の良さが感じられる服。すらりと手足の長い、彼女を引き立てるために作られたみたいな服。

『メグちゃんのおようふく、かわいいね。緋奈も、そういうのきたい』

『きてみる?』

『いいの?』

『いいよ。コトリちゃんのと、こうかんね』

 一度だけ、白崎メグミの服を着せてもらったことがある。それは彼女が身に着けると宝石のように輝いていたのに、わたしが着ると、ただのそっけない服でしかなかった。

『ちがう! 緋奈がきたかったのは、このふくじゃない!』

 泣きわめくわたしを、白崎メグミがおろおろしながら見ていたのを覚えている。まわりの大人は、「このふくじゃない、これじゃない」と駄々をこねるわたしに、なだめるように言った。


「しかたないでしょう。メグミちゃんと緋奈ちゃんは違うんだから」


 白崎メグミとわたしは、違う。

 わたしが残酷な事実を知ったのは、そのときだった。

 「違う」と思って見てみれば、何もかもが違った。まわりのひとたちの態度が、いちばん違った。白崎メグミを見る目と、わたしを見る目が違う。並んでいても、みんな白崎メグミのことばかり見ている。白崎メグミを見ているひとたちの視界に、わたしはいない。


「モデルの仕事に興味ありませんか?」


 ショッピングモールでアイスを食べていたときに声をかけてきた、すらりとしたスタイルの大人の女性。白崎メグミに名刺を渡したそのひとの目にも、隣にいるはずのわたしは映っていなかった。

 ストロベリーチーズケーキ味のアイスを食べていた。美味しかったはずのアイスが、口の中でべったりと粘つくような甘ったるさに変わった。小学五年生の夏だった。

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