第7話 鏡のなかにうつるもの

 散らばった服をショップバッグに詰め終えたとき、白崎メグミはわたしに「一着、着て見せてよ」と言った。

「いやですよ」

「どうして?」

「そもそも、もらうなんて言ってないですし」

「それならなおさら、着て見せて」

 白崎メグミは身体を屈めて、床にどっしりと鎮座している大きな紙袋の中から、洋服を一枚するりと抜き取った。

「これがいいな」

 白崎メグミが広げて見せたその服は、真っ白なワンピースだった。

 デザイン自体はとてもシンプルで、レースやフリルなどの装飾はない。トップス部分はノースリーブになっていて、スカート部分はウエストの切り替えから裾にかけて控えめに広がっている。シワになりにくそうな、軽やかでふわふわしたシフォンのような生地でできていた。


 絶対に似合わない、と思った。


 こういう絵本の中に登場しそうなテイストの服は、わたしの「キャラ」ではない。

 ついでに言ってしまうと白崎メグミのイメージでもなかったけれど、彼女はどんな服でもあっさり着こなしてしまうから、問題ないのだろう。

「着てみせてよ。コトリちゃんに似合うから」

「似合わないです。絶対に」

「似合うよ、絶対。保証する」

 白崎メグミは、いつになく真剣な表情をしていた。

「この一着だけでいいから」

「……これだけですよ」

 わたしが折れるしかなかった。

 断ることは、できなかった。

 頷かざるをえない、相手に有無を言わせない目を、白崎メグミはしていた。

 わたしは白いワンピースを受け取って、それからセーラー服を脱いだ。

 白崎メグミは部屋を出ていく気配は一向になくて、ベッドに腰かけて、わたしが着替える様子をじっと見ていた。スカートを脱ぐ段階で気まずくなり、わたしは白崎メグミに背を向けて、もそもそと着替えた。背中に視線が突き刺さっている感じが、見えなくてもしていた。

 着替え終えたのと同時くらいのタイミングで、白崎メグミはベッドから立ち上がった。そして、クローゼットの隣に置いてある全身鏡の向きを変えた。鏡の中に、白いワンピースを身に纏ったわたしの姿が現れた。それからわたしの背後に移動してきた、白崎メグミの姿も。

「いいね、似合う。すごく可愛い」

 白崎メグミが、わたしの耳元でささやく。

 無防備な左腕の包帯に、指先で触れる。彼女の手つきは、くすぐったいような感覚を連れてくる。包帯が解かれて、しゅるしゅると床に落ちる。わたしは鏡から目線を外す。

「駄目。しっかり見て。コトリちゃんは可愛いから」

 ゆっくり、目線を鏡の中に戻す。ガーリーな白いワンピースを着た私と、背後からわたしをゆるく抱きしめているスウェット姿の白崎メグミが、そこにいる。白崎メグミの左手はわたしの「跡」をなぞり、右手はわたしのウエストに回されていた。

 指先で軽く撫でられる感覚がもどかしくて、わたしは奥歯をかみしめていた。

「緋奈は可愛いよ」

 白崎メグミは呪文のように、わたしに向かって、可愛い、可愛い、と言い続けた。

 その日わたしの左腕に、新しい跡がつくことはなかった。

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