第6話 ままならないことばかり

 それ以来、白崎メグミはときどきわたしを家に呼ぶようになった。

 母に伝言が託されていたり、突然わたしの教室に来たり。いつも突然だった。


 この日も急に白崎メグミに呼ばれて、わたしは家に来ていた。

「この前白崎先輩が教室に来たせいで、あのあと大変だったんですけど」

「何か言われた?」

 白崎メグミとわたしが知り合いらしいと知った同級生からは、質問攻めに合った。普段ほとんど話すことのない派手なグループの子たちに媚びられたときは、逆に笑えてしまった。

 そして実際色々訊かれたし言われもしたけれど、詳しく話すのも癪だったので、ひとことにまとめた。せめて嫌味っぽく聞こえればいいと思う。

「最悪でした」

「気にしなければいいよ。関係ないひとの言うことなんて」

 白崎メグミは、こういうことを簡単なことのように言う。けれどわたし含め大半の人間にとっては、そう簡単にできることではない。それを、白崎メグミは知らない。たぶん知るつもりもないのだろうと思う。

「それより、その先輩呼びやめてってば」

「……だって先輩だし」

「メグちゃんって呼んでよ。昔みたいに」

「いやです」

「コトリちゃん」

「その呼び方やめてくれたら、考えてもいいですよ」

「緋奈」

 白崎メグミの色素の薄い瞳が、わたしを見つめる。


 わたしの左腕に興味を示したのは、あの日が最初で、そして最後だった。

 それからは、自室に呼びはしても、そのことには一切触れてこなかった。まるでなにも、なかったかのように。


「考えましたが、考えた結果呼ばないことになりました」

「けち」

「けちでいいです」

「けちなコトリちゃんに、けちじゃないメグちゃんが服をあげよう」

「は? 服?」

 言うが早いか、白崎メグミはクローゼットを開けると、中から巨大な紙袋を取り出した。この前セーラー服が入っていたものとは違うブランドのショップバッグで、手渡されたそれはずっしりと重かった。両手で受け取ったのに、うっかり落としそうになったくらいだ。

「それあげる。ぜんぶ試着しただけだから、ほぼ新品だよ」

「なんですか突然」

「サイズ合うかわからなかったから、デニムとかは入れなかった。フリーサイズのメインにしたから、多分大丈夫だと思うよ」

「そうじゃなくて」

「好みに合わなかったら、処分してもいいし。でもコトリちゃんに似合いそうなの選んだからさ、捨てるにしても一回くらい着てみてほしいかな。たとえばあのブランドの――」

「聞いてってば!」

 思ったより、大声が出てしまった。

 その拍子に、紙袋が両腕の中からすべり落ちてしまった。服がたくさん詰まったショップバッグは、どさりと大きな音を立てて、床に落ちた。

 袋の中から数着、飛び出して床に散った。チュール素材のスカート、トレンチコート、シャツブラウス。どれも、白崎メグミに似合いそうなものばかり。いや、そもそも似合わない服なんてないのかもしれないけれど。

 床に散乱した服を見ていたら、勝手に気分が落ち着いてしまった。どうして声を荒げたりしてしまったのだろう。馬鹿みたいだ。

「……なんで、突然。服なんてくれるんですか?」

 わたしは横倒れになった紙袋を起こして、中に洋服を詰めなおした。かなりぎっしり入っているから、軽く十着以上はあるだろう。

「昔はよく、おさがり着てたでしょう?」

「子どもの頃の話じゃないですか」

「いまだって、こどもだよ」

 はっとして白崎メグミを見る。いつもの、透き通った瞳で、わたしを見ていた。

「こどもだよ。本当、ままならないよね」

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