金にこころを買われた男

事件が発生した。女性が避妊具に穴を開けていたのである。


「なんてことを・・・。責任は取りませんよ!?」

気づいたのは事が終わった後であった。縛った避妊具には山口の体液が少量しか入っていない。山口が女性に問い詰めると女性はにっこり笑って白状した。


「まあ大丈夫だから気にしないで。それよりね、なんであなたはこんなに狼狽しているの?いいじゃない。私が妊娠したらあなたと結婚してあげるわ。いまは会社が傾いているけど、会社が立ち直ったらあなた大金持ちの旦那よ?私は会社の配当だけで年間収入が1500万円あるの。優雅に2人で暮らしましょうよ。」


頭が狂っている。山口は率直に思った。山口は服を着た女性の胸ぐらを掴んで言った。

「どういうつもりだ?」


二人の間に沈黙が流れる・・・。


「私の会社を救って欲しいの・・・。」


「え?」


女性は自分のバックからサプリメント袋を取り出して山口に見せた。


「私はこの会社の娘なの。あなたは川村の社員だからわかるわよね?いま、訴訟を起こされている優しい家族計画よ」


山口は事態が飲み込めていなかった。


「あなたが、優しい家族計画の?」


女性はサプリメントの袋を開けて中の錠剤を飲み込んだ。


「これで私は妊娠しない。いろんな風評被害とか避妊薬業界からの反発はあるけど、お父さんの技術は本物だわ。医薬品じゃない、手軽なサプリメントで避妊をすることができる。性犯罪の被害者を救うことも、貧乏子沢山も防ぐ事ができる。あたしの会社はいま大変なの。あなたに助けて欲しい。」


山口は不快であった。なぜこの女を助けなければいけないのか。しかし、この会社を救わなければ自分の証券マン人生に未来はない。もしかすればチャンスかもしれない。


「今回の訴訟は避妊薬最大での医薬品会社から起こされているんでしょう?どうやって助けろっていうんですか?僕の力じゃ無理だ、僕は弁護士じゃないからね」


「株価を上げてくれればいいの。そう、訴訟を起こされるとニュースが出た日の終値くらいまで戻してくれればいいわ。実はね、あの日優しい家族計画は公募増資で500億円の資金調達をしようとしていたところだったのよ。訴訟を起こされそうなことは前からわかっていたからそのお金で訴訟の賠償金を支払ったり、当面の運転資金にしようとしていたの。でも、訴訟の件が表に出ちゃって株が下がって公募増資は中止。当面の運転資金も危ないところだわ。そうね、あと6ヶ月くらいは持つかもしれない。でも、いろいろな風評被害とかもあるからもしかしたら3ヶ月で資金がショートしてしまうかもしれない。そうなったら一家離散だわ。お願い、助けて」


「僕はあなたを助ける義理がない。それに僕はあなたが死ぬのをさっき助けた。恩を仇で返そうというのですか?」


「だからヤラせてあげたじゃないのー。これでチャラよ。今回ももちろんただとは言わないわ。公募増資が成功したらあたしの持ち株全部あげる。下がる前の株価で大体10億円くらいかしら?」


10億円・・・。

山口の心が揺らぐ。

「それは、本当ですか?」


「本当よ。もともとお父さんからもらった株だから。ちゃんとした運用自体は別のプロに任せているからね。私はお父さんが好きなの。大好きなお父さんを救って頂戴」


「・・・わかりました」


山口は喉から声を捻り出した。


「でもこれだけは約束してください!株が上がって公募増資が成功して、あなたのお父さんの会社を救う事ができたらあなたの自社株を全て譲ってくれると!」


「いいわ。約束する」


山口の心はカオスな状態だった。約束してしまった手前もう逃げる事はできない。期限はたったの3ヶ月。これを元の株価に戻すという事は10億円を手に入れるかわりに職業倫理をゴミ箱に捨てるという事なのだ。


山口の心に育った「すべてはお客様のために」という精神は10億円という大金の前にして消えた。

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全てはお客様のために 俺は証券マン @syoukenman

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