無礼講

山口と女性は夕方ではあるが早くから空いているという女性馴染みのバーで話をした。どうやらその女性はとある企業の社長令嬢で(中年であるが)、会社経営が傾いて自分にも火の粉が降りかかってきたこともあり、人生が嫌になって自殺を決意したとのことであった。


山口はなんて浅はかかたら思った。自分の後輩は毎朝毎晩手数料を稼げずに、新規開拓もうまくいかずに上司から灰皿を投げられて灰だらけになっても電話にかじりついて仕事をしているというのに。そんなに簡単に命を投げ出していいのだろうかと。


「あなたはサラリーマンだから私の気持ちはわからないのよ。経営者ってね、自分だけじゃなくて従業員とその家族の生活まで支えているの。あなたみたいな末端の営業マンの考えと一緒にしないで欲しいわ」


真っ当なことを言われて山口の頭には血が上ったが言い返すことはできない。山口の顧客は富裕層や経営者が多い。株を売って資金を出金されると自分の成績にも関わるので必死に止めようとするが、資金使途を説明する社長たちは皆影がある。何かのっぴきならない理由があるのだといつも思っていた。この女性も経営者ではないが、生まれた時からきっと経営者である父親の背中を見て育ってきたのであろうか、付き合っている社長たちと同じような影を感じる。山口は丁寧に謝罪をした。


それを聞いた女性は吸っているタバコの煙を山口に吹きかけた。

「まだ小僧だろあんた?あたしにとってはあんたは毛が生えかけの小僧と一緒だよ。あんたの目には自信が漲っている。根拠のない自信だよ。なーんにも知らないのにね、人生について。そうね、あたしが少し教えてあげるわ。ホテルいきましょう」


「はっ?」


山口は鷹のような一重瞼を見開いて中年の女性を見上げた。女性は40歳くらいだろうか、目鼻立ちはしっかりしており痩せ型だが頬骨が高い。いかにも高飛車な女性なら雰囲気を醸し出している。


「言っている意味がわかりません。お断りします。僕とあなたはさっき会ったばかりじゃないですか。何かを企んでいる気がします。」


「あたしの誘いを断るのねー。へー、あなた川村の社員でしょ?」


「なんで知っているんだ!?」

山口は立ち上がって女性を見下ろす。


「なんとなく雰囲気。昔あたし川村の社員と付き合っていたのよ。なんか雰囲気が似てるなーって思って。髪型とか、世の中の浅い知識しか知らないくせに何でも知ってるような雰囲気を出すところとかね。でも図星のようね、山口って言ったっけ?いいのよ?明日会社に電話して仕事をサボっている山口から犯されたって電話をかけても。そうしたらどうなっちゃうのかしらね。」


山口は困惑した。そして嫌な予感がした。山口も何人かの女性と寝たことはある。間違いなく今回は最年長女性ということになるが中年女性と寝るのが嫌というわけではない。むしろ抱きたいようなフェロモンを醸し出している彼女に魅力を感じている。だが、何かおかしいのだ。自分はこの女性と寝てしまったらもうら後戻りができない何かに巻き込まれてしまいそうな気がして。


「わかりました。いまから駅裏のホテルにいきましょう。でもこれだけは約束してください。必ず避妊はしてください。あと、ケータイは駅のロッカーにお互い置いていきましょう。なにかあなたは企んでいる気がする。そして、今日のことは口外しないでください。」


「警戒心が強いわね・・・いいわ。そうしましょう。大人の味を教えてあげるわ」


それから二人は言葉少なげに駅のロッカーに携帯電話を預け、そして、駅裏のホテルで山口は女性を抱いた。

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