出会い

よく晴れた朝だったが、山口は布団から出ることができなかった。既に9時を回っているのにだ。山口は寮生活のため無断欠勤の場合は課長が鬼の様相で部屋に押しかけてくるが、山口は後輩に本日風邪で欠勤の言付けをして、休んでいた。仮病である。


カーテンの隙間から刺す光は山口の心と対照的だ。顧客へ損をさせてしまったことと、その処理を後輩へ押し付けてしまったことの罪悪感は拭いきれない。


自宅にいても退屈なので山口は濃い目のコーヒーを一杯飲んで外に出ることにした。平日の午前中にプライベートで外出することは多くなく新鮮である。


山口は夕方までふらふらと色々と思いを馳せながら街を歩いた。線路沿いをふらふらと何駅分も歩いた。


陽が傾き始めた頃、山口は下り電車に乗るため駅に行き、電車を待っていた。6駅程度歩いてきたことに山口は自分の営業で鍛えた脚力に自信を持った。既にメンタルは回復しており、明日には出社して何とかして稼ごうという気持ちでいっぱいだ。


ドッ!


「邪魔だよ!」


山口の肩に酔っ払いの中年女性がぶつかる。


「す、すみません」


不意のことだったため山口は謝り、駅のホームでも一際目立つフレッシュグリーンのジャケットを羽織った中年の女性を見送る。


電車の音がする。そういえば山口は実績を上げてから電車に乗って営業に行くことは少なく、殆どがタクシーで営業に行っていたことに気づいた。電車で営業に行くのも悪くないかもな、と山口が微笑んだ矢先


フラッと先ほどのフレッシュグリーンのジャケットを着た女性がホームから線路に落ちた。山口は最初に気づき、女性を助けるために線路に降りた。


数名の協力者もいたため、その女性は救出され、その女性と第一発見者として山口が駅長室に呼ばれて事情を聞かれる。女性は相当酔っ払っているが暴言を吐くことはなく、先ほど自分にぶつかってきた態度とは裏腹に凛とした態度で駅長と話していた。電車の停止時間も長くなかったことから今回だけということですぐに解放され、女性と山口は二人きりになった。


駅から数十メートル歩いたところで女性は山口の方を向いて言った。


「このまま轢かれて死にたかった。どうして助けるようなことをしたのか。生まれてくるのに自由はない、だからこそ死ぬときくらい自分で決めさせてよ」


山口は急に哲学的なことを言われ呆然としている。


「あなたが轢かれたら、なんか、かわいそうなので、、、わからないけど、死にそうな人がいたら、助けるのが人間じゃないかなって思ったんです。もし、気に触ることをしたのであれば謝ります。ごめんなさい。」


「本当に勝手な真似をしてくれたよあなたは。うーん、なんか死ぬのがちょっと怖くなってしまったわ。自殺なんて勢いが大切なのよ。勢いも無くなっちゃったし、もう飲むしかないわ。あなたに人生ってものを教えてあげる。私に付き合いなさい。」


山口は急な展開に対応できず「はい」とだけ返答し、その女性と酒を飲むことになった。

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