第34話『地球という"異世界"への転移』

 俺は背面から手刀を突き刺しバルタの心臓を握り潰した。

 バルタの口から粘菌と血が混じり合ったドス黒い血がゴポリと溢れる。


 心臓という血流を全身に行き渡らせるためのポンプに

 寄生粘菌を流し込み全身の自由を奪う。


 行動の自由を奪うことさえできれば、

 時間を巻き戻すための行動も不可能なはずだ。


 

 ――――。



 気がつくと背面から突き刺し握りつぶした心臓も、

 返り血もすべて消えていた。


 後ろからバルタの声が聞こえてくる。



「無駄よぉ……。私は任意のタイミングでも能力を使えるけど、私が死んだ瞬間には自動的に復活するようになっているの」



 ついさっき俺が心臓を握りつぶしたはずの相手が元の状態に戻っている。

 それどこか刺し貫いた時の返り血まで消えている。


 ――違和感。


 相手がもとに戻るだけでなく、俺にかかった返り血まで

 なくなっているのだ。



「何をした?」



「これが、私がソピアさまの体と融合せずに千年の時を生きることができた秘訣よ。この世界を改竄かいざんし、局所的に物理法則を捻じ曲げているの。つまり、この部屋のなかであれば私はいかなる理由であれ死ぬことは絶対に無い」



 禁呪。一度だけ体感したことがある。

 娘のハルが産まれるときに、

 一度だけソピアが使った、

 この世のコトワリを変えるために行使した大魔法。



 世界の法則を上書きする方法。

 もちろんそれだけの大魔法には代償が伴う。



 実際、あのときに俺は右腕を中心とした、

 体の大部分を失った。



 だが、このバルタは何かを代償としている様子はない。

 つまりは、この能力は外部に依存しているということだ。



 思い当たるのは、部屋の中央のクリスタル、

 ダンジョン・コアと、そこに磔にされた、

 妻、ソピアの半身である。


 

 なんとか足止めして、ダンジョン・コアに

 磔にされたソピアの半身を切り離せば、

 おそらくは、奴の能力を無効化できるはず。

 


(今は、ひたすら攻めに徹するのみだ)



 俺はガトリング・ガンの雨をかいくぐりながら、

 バルタのもとに駆け右腕を剣の形状に変化させ、

 右肩から左腰にかけて袈裟斬りに切り結ぶ。


 完全に即死狙いの斬撃。

 その瞬間、バルタが目の前から消え去る。


 確かに斬り殺した……なのに、

 まるで何もなかったかのように元通りになっている。



 それどころか斬りつけた俺の返り血まで消えている。



「無駄よぉ? 何度やっても同じこと。誰にも私を殺すことはできない。その事実をそろそろ理解してくれないかしらぁ?」



 無限に蘇る相手に連撃を叩き込む。

 まるでもぐらたたきゲームだ。



「バルタ。お前は本当にすべて元通りになっているのか?」



「愚問ねぇ。そんなことあなたが一番よく知っていることじゃないかしらぁ?」



「髪や衣服が随分と濡れているようだが?」



「あらぁ……水もしたたるいい女っていうことかしらぁ。それがどうしたって言うのかしらぁ?」



 そんなわけはない。


 このバルタの衣類が濡れている理由は俺が最初に使った、

 "バブル・ウオッシュ"で水浸しになった影響だろう。


 "スクラブ"によって全身にヤスリが掛けられて死んだのが、

 なかった事になっただけで、

 その前にかけた魔法の効果が消えたわけではないのだ。



 完全回復ではなく、恐らくは死ぬ一手前に戻す能力。



 このバルタという女、死ぬたびに"殺される前の状態"に戻っている。

 その証拠にバルタの傷が元通りになるだけではなく、

 俺についた返り血まで消えているのがその証拠だ。



 だがそれが分かったからといって、

 このバルタを倒すことには繋がらない。



「そろそろ終わらせてあげるわぁ。今度は力の弱い私でも扱いやすい兵器を使わせてもらうわぁ」



 バルタは左右の手にサブマシンガンを顕現させその引き金を引く。


 俺は弾幕の軌道を、バルタの手の筋肉の動きと、眼球の動きで、

 予測を回避しながらバルタと距離を詰める。

 

 バルタは戦闘のプロではない。

 不死身かもしれないが身体能力が優れている訳ではない。


 魔法ではなく地球の兵器に頼っているところからも、

 総合的な戦闘能力はそんなに強くないはずだ。



 右腕を槍の形状に変形させバルタの心臓を貫く。

 本来は即死の一撃だが、当然のように元通りに復元する。



「無駄よぉ。いい加減諦めたらいかがかしらぁ?」



「そうだな。もう終わりにしよう」


 

 延々と無駄とも思われる行為を繰り返していたのは、

 バルタの周囲に寄生粘菌とスライム状にした俺の体で

 作った糸を張り巡らせていたからだ。


 バルタの周囲に張り巡らせた糸によって粘菌の檻ができあがる。



「俺はお前に何もしない。だが、これでお前の足止めをすることくらいはできる。わずか1分程度、お前の時間を奪えればそれで俺は十分だからな?」



「この程度の檻で私を完全に封じ込めたつもりかしらぁ?」



「いや。少しだけ、時間稼ぎができればそれで俺の目的は達せられる。お前は、死んで復活するリスポーンする前に少しのラグが存在する。即時復活ではない。その間に、ソピアの半身をダンジョン・コアから引き剥がす」



 ダンジョン・コアに繋がれたソピアの体を回収する。

 そうすれば、バルタの不死性を奪うことが可能である。



「自動的に復活する力はお前の力ではなかったのだろ。ダンジョン・コアとやらが供給する無尽蔵のエネルギーと、それを制御するためのソピアの体。それを奪われたお前には、何もできない」



 飛び道具のガトリング・ガンとサブマシンガンが驚異ではあったが、

 今のバルタは、蜘蛛の巣を触れないように銃を放つことは出来ない。

 だから、俺はバルタに背を向けダンジョン・コアの元に駆ける。


 

 ダンジョン・コアに癒着させられるような形でいびつに、

 はりつけにされていた妻の半身を、

 右腕を刃物に変形させ、切除する。


 これで、完全にダンジョン・コアとソピアの半身の切除は完了した。

 あとは、現代兵器を召喚するバルタを倒すだけだ。



 不死性を失ったバルタであれば、スクラブを放てば一撃で殺せる。



「残念ねぇ……確かに、ダンジョン・コアもソピアさまの半身も失ってしまったら、当初の地球ごとこの世界に召喚する大禁呪の発動は無理。計画失敗だわぁ……」



「随分と潔いじゃないか。おとなしく俺に掃除されるが良い」



「だけれども、私は異界渡りのバルタ。私一人の体と、このソピアさまから継承した略奪した魔導書があれば、私一人だけであれば地球に転移することができるわぁ――さようなら、またあいましょう。ソージくん。一度、してみたかったのよぉ。異世界への転移ってやつをね。ふふふ……」



 魔導書を片手に、ペンを縦にスッと振るうと、

 次元に亀裂が生じ、ちょうどバルタ一人が通れる大きさの亀裂が生じる。


 魔法も間に合わない急ぎ駆けつけるが、距離も離れている。

 まさか、単独でも異界を渡れる能力があるとは予想外だった。



「クソがぁっ!!」



 俺は右手を槍の形状に変化させバルタの持つ、

 異界渡りのための触媒、魔導書ブック・オブ・アレイスターを貫く事には成功。


 バルタの地球への転移を止めようとするも、

 一度発動した転移の禁呪は止まらない。


 三賢者バルタはソージの方を向きながら笑みを浮かべたまま、

 次元を裂き、ソージの死の原因となった、

 あのゴミ山に転移したのであった。



「逃したか。だが、たった一人で地球に転移したところで何もできない……あいつは、他の三賢者や冒険者と違って、地球の人間が驚異となるほどの戦力を持っていない。魔導書ブック・オブ・アレイスターが破壊された今、何も持たない状態で転移しても何もできない」



 バルタは地球のことをこの世界から観測し、

 ある程度のことは把握しているようだ。

 

 だが、実際に神の視点で観測することと、

 実際に肉の体を持った状態で、

 体験することは大きく異なるはずだ。


 

 地球に転移したところで何もできることなどありはしない。

 バルタの話をまともに聞く相手などは現われない。



 バルタはそのことをこれからて、

 転移先の地球という星で体感することになるのであった。

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