第32話『バルタの地球人家畜化計画』
「バルタ、お前の目的は何だ。このダンジョン・コアとソピアの半身を使って何をしようとしている」
「私の最終的な目標はこの世界の全人類を差別せずに幸福にすること。そのために、地球の下等な人間を家畜として使役する。"地球人家畜化計画"それが私の計画よ」
異界と異界をつなげるだけの知恵を持っていながら、
出てくる発想は、短絡的で自己中心的なもの。
哲学も思想も矜持もない。
子供でも考えつきそうな安易な発想。
だが、それだけに危険でもある。
バルタはこの世界と地球との時間の流れは同じと言っていた。
もし、仮にこの狂人の思惑どおりになれば、
その時は俺の母や、友人が被害にあうことになる。
そんなことは絶対に許してはならない。
「ソピアさまは千年前にこの世界の人々が病まず、飢えず、平等に機会を与えられる社会を目指していたの……理不尽な差別や格差で苦しむことのない、みんなが幸せになれる世界。そのために産み出したものが"科学"と呼ばれる技術」
「…………」
「ソピアさまの正統な後継者であるこの私は、その意志を引き継ぎ、理想を現実のものとする。そのために、手近な星、地球を支配すれば良いという結論に達したの。キオールの身体のキメラ化、スパールの高度な医療技術だけでは不十分。この世界の全ての人々を幸せにするには、他の星の人間を家畜として扱うのが最も効率が良い。ソピアさまの理想を実現するために本当に必要だったものは、無限に繁殖させられる人型の家畜だったのよ」
このバルタという狂人の言葉を聞いて、
ソピアが異世界"地球"を秘匿した理由が理解できた。
三賢者や、当時ソピアを崇拝する連中に他の世界の存在を知られたら、
侵略して支配しようという発想に至っていただろう。
無学な俺では、完全に理解してあげることはできないが、
ソピアは賢い。だが、それ以上に人間らしい優しい子だ。
ソピアは絶対にバルタが考えるようなことは望まない。
誰かの不幸の上にしか成り立たない幸福など求めない。
最後の賢者バルタはまるで目の前の俺の存在を忘れたかのように、
魔導書を片手に一人で語り始める。
「私は幸福と不幸は相対的なものだと思っているのよぉ。だから、この世界の人々が幸福になるためには、この世界の不幸をすべて地球に押し付ければ良いのよ。地球の人間が不幸になれば、相対的にこの世界の人間は幸福になるわぁ。食糧生産、労働……そういった負担をすべて押し付ければこの世界の人間だけは幸せになれるわ」
「お前が考えるほど地球の人間は弱くない。魔法が扱えるからといって、一方的に思い通りにできるほど弱い存在ではないぞ」
「私、地球のことなら、ゴミのような人生を送っていたあなたなんかよりも詳しいわぁ。核ミサイルを始めとした、大量破壊兵器でしたっけ? 地球の兵器もなかなかに危険よね。だからぁ、同じ土俵では戦ってあげなぁい。……この世界に地球ごと転移させて、そこで一方的に制圧して服従させるわぁ」
「この世界に星ごと転移させる?」
「そうよぉ……地球ごと転移させるわぁ。ダンジョン・コアと、ソピアさまの半身、そして私の技術があればそれが可能よぉ。この世界を満たすマナ……あなたの世界の人間にとっては、すこぉーしぃだけ、有害な物質みたいねぇ。マナ中毒にさせたところを攻めこめば最小限の被害で制圧することが可能だわぁ」
分かりきった事であるが、
目の前の狂人に俺はあえて問う。
「それは、お前の信仰する者が本当に望んだ事なのか」
「もちろん、そうよぉ? 千年前にソピアさまは乱心して自ら生み出した"科学"そのものを禁忌としようとしたわぁ。だから、私がソピアさまの信徒の中でもひときわ信仰心が強かった、キオールとスパールと手を組み乱心したソピアさまを
(神として祀り上げておきながら、自分の考えと異なれば簡単に殺す。もとよりこのものたちに信仰の心などなかったのだ。あるのは思い込みと、自己愛のみだ)
「あぁ……ソピアさまが千年前に協力してくれれば、あのときに地球を制圧することができたわ。そうすれば、ダンジョン・コアなんて必要とせずにこの世界の人々はみんなが幸せになれたわぁ。でも、私はソピアさまを恨んでなんていないわぁ。これは、きっと邪神ソピアさまが後継者である私に与えた試練だったのぉ」
「試練?」
「ほら、あなたの星では『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』っていう格言があるんでしょ? それよ。あの時の私はまだ精神的に幼く、その深遠なるお考えに気づけなかった。けれど、今の私には分かるわぁ。指示待ちでソピアさまを頼るのではなく、自分で答えを出せ……きっとソピアさまはそう伝えたかったのだと思うわぁ。後継者である私を試していたのよ。神の座を継ぐに相応しい器を持っているかどうかね」
盗人にも三分の理なんて言葉があるが、
こいつらの言っている言葉には理なんてない。
あるのは彼らの妄想によって造られた邪神ソピアという神輿。
存在しない、彼らの脳内にしか存在しない神だ。
もしこの場にソピアが居ても説得することは不可能だと理解した。
なぜならソピアは賢いがあくまで普通の感性の女性だからだ。
ソピアはこの狂人たちとも膝を突き合わせて、
話し合えば分かりあえると思っていたのかもしれない。
だが、俺には分かってしまった。
彼らはそもそもソピアのことなど最初から見ていなかった。
この狂人達は、ソピアという個人に敬意を持っていたのではなく、
あくまでも"科学"というこの世界に芽生えた新しい概念と、
ソピアの持つ叡智を崇拝していただけだったのだ。
だから、この場にソピアが居ても彼らを止めることはできない。
ソピアの言葉を自分の都合の言いように歪んで理解し、
結局は自分の思ったことを行うだけだ。
心底このダンジョンに一人で来てよかったと思っている。
もう妻に苦痛とトラウマを与えた見苦しいゴミどもを、
思い出させる必要も無い。
俺は妻の体を回収し、三賢者というゴミはすでにこの世には
存在しなかったと伝えればいいだけだ。
トラウマを思い出させるようなことはしたくない。
本来は千年前に廃棄しなければならなかったゴミを掃除する。
それは王都地下下水道を任されている、清掃員である俺の仕事だ。
王都地下下水道と繋がっている以上、
このダンジョンも俺の"清掃"の仕事の範囲内である。
1日銀貨10枚という報酬に対する仕事はきっちりする。
妻と子が幸せに平和に暮らすためには危険なゴミを処分する。
俺はそう決意した。
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