第31話『最後の賢者、異界渡りのバルタ』
第五階層はフロア丸ごとブチ抜きの巨大な大部屋。
いたるところに用途の知れぬ機械で埋め尽くさていた。
この部屋の住人が何らかの用途で使っている物であろう。
この部屋の中央には巨大なクリスタルがあった。
おそらく第四階層の
ダンジョン・コアと呼んでいたものであろう。
その巨大なクリスタルには、
両腕のない女性の上半身が磔にされていた。
いままでの他の階層から考えると、
それが妻、ソピアの体であることは明らかであった。
このような非道な行いをしたゴミを、
掃除したい衝動に駆られたが、
相手の手の内を探るために、
燃え上がる激情を氷のように冷たくした。
部屋の中央の黄金の玉座に座るのは、
紅いドレスを着た茶髪の女性。
俺が処分しなければならない最後の
「ようこそ。首を長くしてあなたの到着を心待ちにして待っていたわぁ。異界からの来訪者、
この世界で俺は前世のフルネームを語った事はない。
何らかの方法で俺の存在を知っているということだろう。
「私は最後の三賢者、そして邪神ソピアさまの正統な後継者、異界渡りのバルタ。下等な異界人がその姿を、間近で見る事ができた事を光栄に思いなさい」
妻に惨たらしい苦痛を与えた相手に対し、
殺意で黒く染まりそうになったが、
相手の手の内を探るために努めて冷静さを保つ。
「異界……お前は俺がどこから来た、何者かを知っているのか?」
「ふふ、もちろんよぉ。あなたが下等な異界人だということは、よぉく知っているわぁ。地球から来た転生者でしょ? 邪神ソピアさまの正統なる後継者、全知全能の神に等しい私に知らない事などはないわぁ」
こいつらが本当に賢いはずがない。
本当に賢ければペラペラと自分の手の内を話すはずなどないのだから。
恐らくはあの中央にあるダンジョン・コアと思われる、
クリスタルに磔にされているソピアの体の力を利用しているのだろう。
「お前は地球の存在をどうやって知った」
「邪神ソピアさまから教えて貰ったのよ。地球はソピアさまが発見し、そして完全に秘匿した異なるけれど、とても近い世界。なぜソピアさまが発見した時点で地球の人間を家畜化しようとしなかったのか、今でも理解できないわぁ」
ソピアは千年前に異なる世界の存在を理解しながらも、
あえて干渉しないことを判断したのだ。
ソピアと交換日記をしていた時に、
ソピアがこの世界と異なる世界の存在を理解していたのを知っている。
交換日記をしている時には、妻以外にも異界の存在を
知っている者が多いと思ったのだがそれはどうやら違うらしい。
「あなたのことはよく知っているわ。あなたの人生、読ませてもらったわ。私が、ソピア様から
「……随分と悪趣味だな」
「下等な異界人の分際で、失礼ね。この本を読んであなたという人間を理解したわ。あなたの人生はとてもつまらなく、読むに値しなかったわ。最後のページのゴミ山で廃液をかぶって皮膚が溶けて死ぬ下りは、ゴミ人間らしいゴミな最後だなぁと笑えたわぁ。まるで、道化師のような滑稽で無意味な喜劇のような人生」
「――そうか」
実際俺の生前の人生は波乱万丈もない平坦な人生だった。
生前は人に誇れる偉業を成し遂げたこともない。
女手一つで育ててくれた母にたいした恩返しをすることもできず、
最初に務めていた会社では残業と人間関係で精神が擦り切れ、
業務中に精神に不調をきたし意識を喪失、そして解雇。
解雇されたあとに生きるために就職支援施設に通い、
紹介された清掃会社は違法な産業廃棄物を回収する危険な仕事だった。
俺は、俺と同じような境遇の同僚と一緒に違法廃棄物が、
山と積まれたゴミ山に派遣され最後にはゴミ山から落ちてきた薬剤から、
同僚をかばい、薬剤を全身に浴び、体を灼かれながら死んだ。
あの燃えるような痛みが俺の生前の最後の記憶だ。
このバルタという女が言う通り、
生きている間に何か大きなことを成し遂げることはできなかった。
俺の人生を一冊の本として読んだなら、大きな山も谷もない、
つまらない内容だったのだろう。
確かに、
この女がいう通り俺の人生は面白みのない人生だったのかもしれない。
だが、俺はその人生において悔いはない。
俺は頭があまりよくなかったかもしれない、
生き方も不器用だったのかもしれない、
だが、その人生に手を抜いたことはない。
だから構わない。
俺の人生を笑いたいなら好きなだけ笑えば良い。
「でもぉ……。不思議なのは、なぁぜかぁ、あなたがこの世界に来てからの情報だけは、このブック・オブ・アレイスターでも文字化けしていてまったく読めないのよねぇ……まっ……どうせ、地球での人生同様に読む価値のない、ゴミのような人生を送っていたのでしょうけど」
(この世界での記憶が読めない。つまりは、俺の持っている能力も、俺の妻がソピアであることも理解していないということか? それならば勝機はある)
「地球で死んだ時と同じように、この世界でもあなたはこの部屋で滑稽に死んでいくことは私の中の確定事項よ。特別サービスとしてあなたのこの世界での物語の終わりを少しだけ、私が面白くしてあげるわ。そうね……口から鉄柱を突っ込んで串刺しにして、弱火で焼かれて死ぬ、なぁんていうのはどう? 少しは華がある死に方かもしれないわね。一冊の物語の最後として、少しはマシになるんじゃないかしらぁ?」
「退屈な俺の
「えぇ。全く読むに値しない、とてもつまらない人生だったわ。何も成し遂げられず死んだ哀れな存在。あなたが、なぜこの世界に転生させて貰えたのかは分からないけども……まぁ、超位者っていうのは気まぐれということかしらぁ?」
「俺の人生をよく知っているということは理解した。それが、お前のご自慢の能力ということか」
「こんなものは私の能力の一つに過ぎないわぁ。わざわざ貴重な時間を費やしてあなたの人生を読んでいたのは、地球の現時点での正確な座標を把握するためよ。そして、あなたの人生を読み解くなかで、それは成し遂げられた。その点については、なたには本当に感謝しているのよ、私は」
「地球、座標? それは、何の事だ」
「あなたはこの世界に転生する前の世界を、"前世"と言っているけど、それは厳密には違うわねぇ……。あなたがいた世界とこの世界、次元が違うだけで距離的には近い世界」
「この世界と、地球が近い?」
「そうよぉ。次元の違いこそあれ、私から言わせればとぉっても、近いわぁ。そして、近いだけではなく地球とこの世界の時間の流れは同じ。私にとっては、次元という薄い紙の向こう側にあるすぐ近くにある世界といった感じね。その薄い紙をビリっと破れば、世界を繋ぐことはそんなに難しくはないわぁ」
「…………」
バルタというゴミが言っていることは理解できない。
だがハッタリを言っても意味はないだろう。
おそらく実現可能なのだろうという確信はある。
「ふふ。理解できてないようね。頭の悪いあなたにもわかり易いように、私が特別に次元を裂く実演をしてあげるわ」
バルタが左手に持ったペンをなにもない空中で、上から下へ振るう。
空間に亀裂が生じその隙間から地球の姿が映し出される。
(……この青い星は……これは、俺の住んでいた星、地球)
「ねっ? これが、あなたが暮らしていた星、地球よぉ。まぁ、すぐにそこの星で生きる
目の前にある俺の故郷である、
青い星地球を見下ろしながら
バルタは嘲笑するのであった。
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