第29話『スパールの世界救済計画』

「君は何をしたのか理解しているのかい? 僕の子どもたちを……僕が造るのにどれだけの時間を要したか分かっているのかい? あぁ……これは人類にとっての損失だ。君は……感情に任せて、愚かなことをしてしまった」



「誰かの苦痛と不幸のうえでしか成り立たないような救済は不要だ」



「はぁ……まぁ、いいさ、凡人に話しても理解のできない理想だったという事か。壊れてしまったモノはどうにもならない。あまりカッとなると血圧が高くなって体に悪い。それならば別の方法を考えるだけ。世界救済の計画を少し前倒しにするよ」



「計画……?」



「僕はね、君がここに辿りつかなくても、そろそろこのダンジョンから出ようと思っていたんだ。ここのダンジョンのコアがいつまで保つのか疑問もあったからね。王都の人間を"子供たち"つまり、臓器製造機に改造すれば、王都以外で暮らす全ての人々を僕の医療技術で救済できる。君が僕の背中を押してくれたことになるね、感謝だ」



「――駄目だ。お前をここから先には進ませない」



 男はまるで俺の声など聞こえていないように言葉を紡ぐ。



「僕はね……人族だけでだなく、亜人種も含めて別け隔てなく差別せずに救いたいんだ。人を苦しみから救済する。世界を救うためならば、王都の人々が苦しい想いをしたとしてもそれは仕方の無いことなんだ。僕ならたった1の犠牲で100を救う事ができる。ソピアさまもきっとそれを望まれているに違いない」



 一点の曇りもない真剣な顔でそう語る狂人。

 自分が言っていることの邪悪さに何一つ気づいていない。

 元の価値観が違い過ぎて会話が成立しない。


 一つだけ確実なことは、

 この狂人をこの先に行かせることはできないということだ。


 王都の人たちがここで改造された被害者たちのようにされるのだけは、

 絶対に阻止しなければならない。


 それが彼らを救うことができなかった

 ……彼らを殺めた、

 俺のできる唯一の責任の取り方だ。



「スパール、お前の計画は思いどおりには行かない。仮に、この場で俺を倒してこの地下ダンジョンを抜けられたとしても、王都には俺よりも強いSランク冒険者、ギルド・マスターが居る。彼らが必ずお前を打ち倒す。お前の計画は全て無駄に終わる」



事実だ。単純な戦力で言えば俺よりも強いやつは他にも居るだろう。

この男の暴走を手を加えて見過ごすはずがない。



「心配してくれてありがとう。でもね、大丈夫だよ。人智を超えた異常な強者が居るなんてのはね、想定の範囲内さ。千年前にも、英雄と呼ばれるような驚異的な力を持った存在はいたからね。だから、君の言う通り慎重に進めさせてもらうさ」



「……どうするというのだ?」



「まず、王都地下下水道のラットやローチに僕の作ったウィルスを感染させて、王都の住人にウィルスを感染させる。脳みその運動を司る部分のみを破壊する人道的なウィルスだ。君のように人を殺さない良いウィルスだよ。この部屋にもそのウィルスを満たしているのに何故か君には効かないから不思議ではあるんだけどね」



 俺の転生時に授かった能力【健康体】の効果だ。

 だが、王都の人々にはその能力は無い。


 治癒魔法では外傷を治すことは可能だが、

 ウィルスや菌などを無効化することができない。


 ウィルスや菌を無効化する、

 【清掃魔法】が使えるのも俺だけだ。


 つまり、この男を俺がここで倒さなければ王都は地獄と化す。

 こいつはここで仕留めなければならない。



 俺は、巨大な蠢く肉塊にちらりと目をやる。

 俺が頭部を刺し貫いた被害者たちを取り込み咀嚼している。



「あれが気になるのかい? あれは、僕が改造に失敗した"子どもたち"を処分するための廃棄処理機だよ。元々は、不死身の完全な人間を造ろうとしたんだけどね、失敗したんだ。あれは知性がなく、食べることしか能のないただのごみ処理機だ。僕だけは食べないようにと調整は加えてあるけどね」



「そうか」



 俺は義手の指先からスライム状にした自分の体の一部を針状にして、

 男の頭部に突き刺し寄生義手の粘菌を潜り込ませる。



「ふむ。刺突攻撃と見せかけて寄生生物を潜り込ませようとしたのか……無駄だよ。僕には、"子どもたち"が作った抗体がある。全ての菌、ウィルス、寄生生物に対する免疫を僕は持っているんだ。君の切り札も僕には通用しないよ」



 俺が額に突き刺した穴もふさがり、

 俺が頭部に突き刺した体の一部も体に取り込まれる。



「…………」



「僕は無敵だよ。邪神ソピアさまから下賜していただいた、この両足が僕に知恵と力を授けてくれるんだ。僕は、邪神ソピアさまの人々を幸せに健康に過ごして欲しいという願いを叶えるために、一生懸命頑張っているんだ。千年の間ずっとね」

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