第28話『三賢者、医神のスパール』
俺は仕事を午前中に片付けた後に、第四階層に向かった。
決して、三賢者を侮っているわけではない。
仮に俺が王都地下の下水道の掃除を怠ると、
ダーティースライムやジャイアント・ローチなどの、
凶悪なモンスター達によって子どもたちや女性たち、
身を守る能力が無いものたちが襲われ、被害にあう。
だから徹底的に地下のモンスターを完璧に片付け、
それからダンジョンに潜る。
だからこそ、後顧の憂いなく集中して敵に挑める。
多少の疲れはあるがむしろ少し体のあたたまった、
今の状態こそ、俺にとっては万全な状態なのだ。
「第四階層、ここはまるで薬品工場のようなダンジョンだ」
第三階層と同じように天井も床も真っ白。
無機質な空間の中に所々に電気のような物が通っている。
その点は同じだ。
このフロアの特徴は機械音と思われるような、
不快な異音が常に聞こえることである。
きっと電力を使った機械が使われているのだろう。
これらの技術は、三賢者を名乗るゴミが生みだした物ではない。
ソピアから叡智を奪い取って使っているだけの物だ。
俺は、千年前に俺の家族を傷つけた存在にその報いを与える。
俺の行いを邪悪と神が断罪するのであれば、
甘んじて受け入れ、死後は地獄に落ちよう。
「バブル・ウオッシュ」
ダンジョンの天井をカメレオンのように擬態していた、
モンスターに先制攻撃を食らわせる。
人型ベースの6本腕のモンスター。
指を滑らせ天井から垂直に落ちてきた、
六本腕のカメレオンに、
スライムソードを突き立て串刺しにする。
虫がベースとなっているモンスターは生命力だけは強い、
俺は突き刺したまま地面にカメレオンの頭を叩きつける。
しばらくして光の粒子になりダンジョンに還元される。
「誰が創ったのか知らないが、悪趣味なモンスターだ」
複腕、複眼、双頭のモンスター、
異形のモンスターが次々に現れるが、
俺は黙々と倒し、前に進む。
「ボス部屋か」
第三階層と同じ自動開閉式の扉。
その扉をまたぎボス部屋の中に入る。
そこは白い花の咲き誇る庭園のような場所であった。
椅子に深く座り紅茶を飲む男が一人。
その男は金髪のウエーブのかかった髪と眼鏡。
そして白衣と、柔和な笑顔が特徴的な男であった。
「はじめまして、こんにちわ。この部屋に、王都から連れて来られた僕の子どもたち以外のお客様が来るのは、千年ぶりなんだ。どうか、ゆっくりしていっておくれよ。僕もそろそろ、自分の足で外の世界に出ようと考えていたんだ。だから、君がここに足を運んできたのもきっと、神のお決めになったことなのだろう」
物腰が柔らかく柔和な微笑みを絶やさない男。
だが、この第四階層に俺が居るという事は、
第三階層のキオールを殺したという事を知っているという事だ。
だから、油断することはできない。
「警戒をしなくて良いよ。僕の名前はスパール。邪神ソピアさまに信仰を捧げる三賢者の一人だよ。人類が永遠に幸福に生きるために、完璧な医療を提供することが僕の理想であり、夢なんだ」
「…………」
「君はきっと僕が、三賢者のキオールを殺したことに対して報復をするんじゃないかと思っているんじゃないかな? はは、それは大きな間違い、無用な心配だよ」
「お前たちの仲間ではなかったのか?」
「仲間なんかじゃないよ。キオールは僕が作った"免疫阻害剤"がなければ、キメラを作ることすら出来なかった無能だ。僕の薬を使わないで、人間とモンスターをキメラ化したら免疫の拒絶反応で自壊するからね。無能なキオールより、彼を殺した君の方が僕の、ビジネスパートナーに相応しいと好感すら抱いているくらいだよ」
「お前の本当の目的は何だ」
「僕の夢かい? さっき僕が言ったとおりだよ。世界の人類が病に苦しまず、永遠に幸福に生きることができるようにすること。それこそがきっと邪神ソピアさまの望んだ平和な世界なんだ。そのために、千年の時間をかけてずっと皆を幸せにするための技術を研究しているんだ。人を不幸にする、醜悪なキメラの技術と僕の技術は大違い。僕は、正しく邪神ソピアの意志と叡智を引き継いだ、賢者だよ」
この男は俺とは交戦する気がないのか、
俺に対して警戒していない。
それどころか、今や俺に対して背中を向けている。
「君に僕の創った楽園を見せよう。きっと僕の楽園を見たら、君も感動して僕の理念に賛同してくれるはずだ。さぁ……僕についてきて、僕の自慢のラボを見せてあげよう。そこには、僕の夢の実現のために協力してくれる、僕の子供たちも居るんだ。紹介してあげるよ。きっと、君も僕の夢に協力したくなると思うよ」
男は立ちゆっくりと歩きながらボス部屋の中にある、
ある研究室の中に入っていく。
そこは……一言でいうと正真正銘の地獄だった。
これよりも醜悪な光景を俺は見たことがない。
目の前の光景を直視できずに、俺の視界が歪む。
「まずは、この子。僕が創った、子供一号だ。この子は、背中のチューブから栄養を注ぎ込めば、無限に血を造血することができるんだ。医療行為には潤沢な血液の供給が不可欠だからね」
「……その子は、生きているのか」
「うん? もちろん、生きているよ。そうそう、足や腕、生殖器等の不要な内臓器を取り除いて、体の80%を造血のために必要な腎臓や骨髄に入れ替えているんだ。人間にとっては、血液は欠かせないものだからね。医術を行うためには大量の血液が必要となる。でもこの子が一人居ればもう大丈夫だ。僕が創りかえた、彼女が世界を救うんだ。彼女は今も、涙を流して世界を救える事を喜んでいる」
「あまりに、酷い……」
「そうなんだ。この世界はあまりに、酷い。千年前のこの世界にはあまりに酷く救いがなかった。だけど、僕がそんな世界を医療の力で変えるんだ! 僕が医療に革命をもたらし、世界を救う」
「狂っている」
「君の言う通り、この世界は狂っている。だから、僕が正常に治療するんだ。そうそう、この子は体の80%を目玉と歯を作ることに特化させているんだよ。人間の目は2つしかない、うっかり失明したら大変だ。……それに、虫歯になったら替えの歯が必要だ。でもこの子が無限に創ってくれるから、もう心配はないよ。狂った世界を救う、まさに救世主だ」
「もう、いい……」
「――もう、いい。そうだね、君の言うとおりだ。こんな悲しく辛い世界は、もう僕も結構だ。だけどね、僕が必ず医療の力で変えてみせる。そして、医療の力で世界を救う」
「お前に世界は救えない」
「うん。そうだ、残念だけど僕の腕は二本しかない、悲しいけど僕一人だけの力じゃ世界は救えない。だから、君のような優秀なビジネスパートナーが必要なんだ」
「…………」
「そしてこの子は、僕の自慢の子なんだ。この子には、あらゆる菌、ウィルス、寄生虫を体に打ち込んで体内で抗体を作らせているんだ。この子の作った抗体はあらゆる病を癒す、薬の元となるんだ。彼女が居れば、きっと世界を救うことができる。彼女たちも自分たちが世界を救うことに貢献できることを、泣いて喜んでいる」
この部屋の中で聞こえる声はすすり泣く声と、
微かに聞こえる自分自身の死を望む声。
彼の言っている歓喜の声などは一つも含まれていなかった。
「分かった、もう十分だ」
「君も、僕の素晴らしい活動が分かってくれたかい。そして、最後にこれは僕のおもちゃだ。この子は右脳と左脳を別の人間の物を繋げた子。人が他者とも分かり会える、そんな優しい世界を作ることが出来るかの可能性のために作ったんだけど、失敗だったみたいでさ。まあ、医療の進歩に失敗はつきものだよね。さあ、僕の手を取り、世界をともに救おう」
スパールなる男は俺に向かって握手のための手を伸ばしてくる。
俺はそれを無視して、部屋の中の人間たちを見回し、
一つの質問を投げかける。
「一つだけ、問う。あなた達は、ここで、苦しみながら生きることを望むか、それとも安楽なる死を望むか。もし死を望むなら、首を二回縦に振って、応えて欲しい」
男がラボと呼ばれる施設に居る全ての人間達は、
首を縦に二回振り、涙を流しながら死を懇願していた。
「君たちを救ってやれない俺の無力を詫びる。せめて、苦しみのない最後を」
俺は義手の五本の指先から針の形に変形させたスライム針に変形させる。
「おい、どうした? 君、錯乱したのか? 君は、僕の子供達に何をしようとしているんだ? やめろおおおおおっ!!!!!!」
義手の指先から伸ばしたスライムを針状に変形させ、
脳に突き刺し、頭蓋の内部で完全に脳全体を破壊し、
もう命をもて遊ばれることのないよう、確実に殺した。
俺は初めて、自分の意志で罪のない人たちを殺した。
俺は人を殺めた罪により、死後地獄に行くことになるであろう。
だが、それで良い。
「これ以上、喋る汚物を許容できない――清掃を開始する」
俺は改めて三賢者のスパールを睨みつける。
人の尊厳を踏みにじる外道には報いを与えなければならない。
悪を討つものもまた、悪である。
それでしか救えないのであれば、裁くことが出来ないのであれば、
それならそれで構わない。
俺はそう決意した。
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