第26話『妻を千年苦しめた狂信者の末路』

「ひい……お前、ワテクシに何をするデス」


 俺は噴水のように肩から血が溢れだす、

 三賢者の一人、キメラのキオールの左右の肩の傷跡に、

 義手の指先から粘菌を一滴ずつ垂らす。



 噴水のように溢れていた血は、ピタリと止まる。



 否。止まったのではない。

 俺が寄生義手から一滴垂らした粘菌が、

 肩から溢れる血を喰らい増殖し、

 寄生先の宿主を殺すまいと強制的に傷口を覆っているだけだ。

 この粘菌は宿主を絶対に殺すことはない。



 寄生義手を持つ俺が、そのように命じない限りは。



「あなた……何を……ワテクシに、何をしたのデスか……? そのような非人道的な行いが許されっると思っているのですか? 善をなそうと思って悪行を行う者も、また悪なのですよ? あなたは……悪人になっても良いのですか? ……ワテクシを殺しても憎しみの連鎖、終わらない報復の連鎖が続くだけデス……やめるのデス」



「勘違いするな。もとより善悪は関係無い。この行為は、俺の怒りの感情で行っている私刑だ。善行をなして正義の英雄になろう等とは微塵も思わない。これからお前のために俺に対して報復をしようとする可能性のある下の階層に居るであろう、汚物達も、お前と同様に残らず、必ず、掃除させてもらう」



「……ワテクシに、せめてもの慈悲を! 更生する機会を!! ワテクシは、いま自分の罪深さに気づきました。とてもとても深く、反省しています。反省してマス!」



「最初に約束した。お前が死にたくないと懇願するから、お前のお望みの通り延命治療を施した。お前の望みは一つ叶えたのだから、本来俺に対して感謝の言葉の一つでも頂きたいところだが。これ以上、更に望みを持つというのは、汚物の分際であまりに傲慢が過ぎるのではないかな?」



「ああああっ……痛っ……熱っ……かゆっ……体の中……血管……神経の中をズルズルと……這う……腸が這う、のです……虫が……気持ち悪ぎぃ……ワテクシの体のなかを……何かがモゾモゾ……ぁあ、蠢いています……いや……いやだぁ……止めて……して……っ……あああぁああっ!! ワテクシを殺してくださぁい!!!」



「生きたい、死にたい、殺して、意見がコロコロと変わる人間の言葉は信用できない。"命の価値は世界より重い"。だから、



 "お前を絶対に死なせない"。白衣の男にとって、

 この言葉以上に恐ろしく、絶望的な言葉はなかった。


 俺は考えるのが大好きなこの賢者に対して慈悲を与えた。


 千年も研究と思索に費やしてまだ時間が足りないと言うなら、

 お望みの通り、殺さず生かしてあげよう。

 

 もとより、これはこの男の望んだことだ。


 脳の運動中枢は完全に粘菌に支配させ、

 感情や思考や痛みを司る部分は傷つけさせない。


 発狂して廃人になろうとしたら寄生粘糸が強制的に、

 脳を修復し前頭葉を活性化させる。

 

 激痛を感じながらも決して発狂することを許さない。

 正気を失い、安易な狂気の道に逃れることを許さない。



 千年の人生では足りないというのだから、

 二千年でも五千年でも、一万年でも考え続ければ良い。


 この寄生粘菌は大気中の微かなマナや、空気、

 ホコリだけでも、永遠に増殖し続ける程、

 異常な生命力を持っている。



「これから俺はお前に質問をする。決してお前は喋るな、俺はお前の薄汚い声を二度と聞きたくない。俺の答えに肯定なら首を縦に2回、否定なら横に2回振れ」



 白衣の男は必死のあまり、勢いあまって首を縦に3回振った。

 だから俺は男の両足の付け根を切り裂いた。

 ゴロリと二つの足が転がる。


 すぐに足元を粘菌が覆い一滴も血が溢れない。

 両手足を付け根から失い、まるでその姿は、

 起き上がり小法師の玩具のような有様だった。



 俺が指示したのは、肯定なら首を縦に2回、否定なら首を横に2回、

 



「――もう一度だけ、同じ質問をする。俺の答えに肯定なら、首を縦に2回、否定なら横に2回振れ。二度と、同じ言葉を言わせるな」



 白衣の男は卑屈そうな顔で、

 首をゆっくりと縦に2回振る。



「よし。この先の階層にお前以外の、残りの三賢者が居るのだな?」



 男は首を縦に2回振る。肯定の合図だ。

 妻から盗んだ体を奪い返すべき相手は残り2人。



「他の三賢者は、自分の階層から外に出ることはあるか? 他の三賢者たちは、この千年間の間に、他の階層へ移動したことはあったか?」



 男は首を縦に振ろうとするも……激痛に苛まれる。


 嘘を付くと全身の粘菌がまるでバラのトゲのように、

 全身の神経を貫き、耐え難い苦痛を与える。

 つまり、この男は俺に対して嘘をつこうとしたのだ。


 だが、痛みで意識を失いそうになると粘菌が脳を刺激し、

 すぐに正気を取り戻させる。



「嘘を付くと、粘菌が棘状とげじょうになり、お前の全身の神経を刺し貫く。だが、痛みでショック死できる等と、甘い幻想を抱くな。ショック死しそうになれば、脳の欠損した部位を寄生粘菌は、元通り復元する。お前は、死ねない、意識も失えない、狂うことすら許されない」



「もう一度だけ聞く、他の三賢者は、自分の階層から外に出ることはあるか? 他の三賢者たちは、この千年間の間に、他の階層へ移動したことはあったか?」



 男は首を縦に2回振る。肯定の合図だ。

 他の階層の人間もこの男と同様に同じ階層に、

 ずっと引き籠もっているだけのようだ。



「お前以外の三賢者は、それぞれがソピアの体を千切って自分の体に縫い付け、千年も生き永らえている盗人たちなのだな?」



 男は首を縦に2回振る。肯定の合図だ。



「そうか。それなら、ひとりひとりに俺がその罪の重さを理解させていかなければならない。妻から千年前に奪ったその全てを返してもらう。そして、仮に神が、悪魔すら、お前たちの罪を許したとしても、ソピアを千年の間、苦しめ続けたお前たちを、俺だけは今後も絶対に許すことはない。殺してもらえる、死ねる、などという甘い幻想を見ることを許さない。更なる数千年の時の中で、己の罪深さを知るが良い……」


 

 部屋の最奥に"邪神のタリスマン"でしか開けられない宝箱を見つけた。

 いまは中にあるものはどうでも良い。俺は中の物を外に出し、

 三賢者のキオールを担ぎ上げ、宝箱の中に納める。


 この"鍵"を持つ俺にしか開けることができない箱。

 空気の入り込む隙間はある。

 それだけの隙間があれば粘菌は生き続けることができる。



「さてお前の処遇だが、その宝箱の中に入っていてもらう。千年の間、何も悪いことをしていないソピアが耐えたのと同じ狭い暗闇の中で生き続ける拷問だ。その狭い空間の中で粘菌たちによって活かされながら、ずっと考え続けるが良い。お前が大好きな思索を続けるが良い。永遠に」



 こいつらは、俺の妻のソピアを千年前に生きたまま、

 体をバラバラに解体し自分の体に縫い付けた極悪人どもだ。

 その報復の機会を与えてくれた神か、悪魔に感謝したい。



 この三賢者を名乗る狂信者たちは千年の間、

 のうのうと自分の欲得を満たすためだけに生き続けた。



 俺は盗まれた妻の体を奪い返し、妻のもとに返す。

 俺の目の前に立ちふさがる敵は、神であれ、悪魔であれ、

 必ずその報いを受けさせると、自分自身に誓った。

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