第25話『三賢者、キメラのキオール』
ボス部屋に進むまでの間にキメラモンスターを何体か倒した。
オークとデス・スコーピオンを融合させたキメラ、
ゾンビとポイゾナス・スパイダーを融合させたキメラ、
いろいろな種類のモンスターが現われた。
だが、バブル・ウオッシュで動きを止めたり弱らせたあとに、
義手の指先から伸ばしたスライムソードで切り裂き、殲滅した。
ここに居るモンスターは、
他のモンスターと融合し、
キメラ化することにより生命力は異常に強くなっている。
だが、逆にいえばそれだけだ。
生命力以外の能力が圧倒的に強くなっている感じはなかった。
融合されたキメラの法則性の無さから、
ただ単純に適当に融合させているだけの実検動物のように思えていた。
「ハル、疲れてないか。水筒持ってきたから飲むか?」
「うん。のどかわいたから、助かるなの~!」
ソピアもハルも本来は飲食を必要としない。
しなくても、魔力の供給があれば生き続ける事ができる。
だけど、それは生き続けるということができるだけであって、
食べれば美味しいと感じるし、
冷たい水を飲んだら満たされたと感じる。
そういう観点では体質は少し特殊でも普通の人間と同じだ。
妻のソピア、娘のハルにただ生きて欲しいのではなくて、
可能な限りこの世界を楽しんで欲しいと思っている。
「そろそろボス部屋だな」
ボス部屋というには少し特殊な形状の扉であった。
自動で開閉するタイプの扉、自動ドアであった。
この階層は1階層2階層と全く異なる、
完全に異質な階層であった。
「ハル、すまないが、今日はボス部屋の前で待っていてくれるか?」
「分かったなの。ハル、ここでお留守番しているなの」
ハルは道中に現われたキメラ相手にレプリカ・ゲイボルグを放ったところ、
二体を同時に串刺しにして倒した。
戦力的には、このフロアのキメラ数十匹と対峙しても、
まったく引けを取らないだけの実力の持ち主だ。
ボス部屋にハルを入れたくないというのは、
虫の知らせというやつである。
この部屋にはハルを連れて入るべきではない気がしたのだ。
俺は、自動で開閉する扉をまたぎ、ボス部屋に入る。
ボス部屋は、あちらこちらにモンスターを手術で、
強引に融合させたようなキメラの失敗作の山がうず高く積まれていた。
そこは、まるで生物の実験場のような所であった。
「いやはや、こんなところにご客人とは……邪神ソピア様の敬虔な信徒でもない貴方が、なぜこの地下ダンジョンに来られたのですかねぇ?」
「これがあるからだ」
俺は呪いの装備である"邪神の
ソピアの封印部屋の鍵、
そしてダンジョンへ続く隠し扉の鍵だ。
王都の地下下水道をフラフラと
法衣をまとったモンスターを殺し、剥ぎ取ったものだ。
「おや、ワテクシが地上から女子供を誘拐するために千年も使役していた、自信作のキメラだったのですが、あなたが殺したのデスか?」
「ああ。薄汚い法衣を着た人型モンスターなら、俺が殺した」
「千年の間に腐ってしまったのでしょうかね。そうでなければ、お前ごときに敗北するほどの雑魚キメラではなかったデスから。まぁ、経年劣化というやつデス」
「お前は、あのデク人形を使って王都の人間を誘拐していたのか?」
「はい、王都から連れ去り、ワテクシのキメラ実検のための素体として有効に活用させていただいていましたデス。駄目デス! お前のせいで、ワテクシの研究が1年ほど遅延してしまいました。これは、世界にとって多大なる損失デース」
「連れ去った女子供たちはどこに居る」
「はぁ? そんなもの、とっくの昔にモンスターと融合させて、キメラを作る素体として使ったに決まっているじゃないですかぁ?」
「――――」
「やっぱり、モンスターとモンスターのキメラは、駄目なのデス。知能が低く、体の構造も人と比べると単純。モンスター同士を融合させてもツマラナイのデス。やはり、キメラを作る時の素体は、人間の女子供じゃないと、駄目なのデース」
「そうか、お前は喋るゴミだ。だから、清掃員の俺が適切に処分する」
「くっくっく。ワテクシも人の素体が欲しいと思っていたところなのですよ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことですねぇ! ダンジョンから王都へ出ることの出来る鍵 "邪神のタリスマン" 、王都で女子供を誘拐させるために使うための、新たな人型キメラの素体となるお前。一石二鳥、今日のワテクシはついているのぉデース!」
「片付ける前に問おう。お前は、何者だ」
「ワテクシは、唯一絶対なる邪神、ソピアさまに従える忠実なる三賢者の一人、キメラのキオールでございます。千年の時を生きる叡智を持つ存在、本来は下賤なお前のような存在に語る名では無いのですが、"鍵"が自らワテクシの手元に返ってきたから今日のワテクシは、サイコーに気分が良いのデース。また王都から女子供を誘拐して、キメラ実検を続けるのデース」
「三賢者……つまり、お前がソピアを生きながらに切り刻んだ狂人の一人か」
「人聞きが悪いですねぇ。邪神ソピアさまは世界のために、その身を最も忠誠のあつい、ワテクシたち三賢者に捧げたのデース。ちなみに、私に与えられたのはソピア様の両腕。この両腕は、ワテクシに千年を超えるほどの無限の命と、無限のインスピレーションを与えてくれるのデース」
三賢者のキオールと名乗る男は自分の白衣を捲し上げる。
肩の付け根には、いびつに縫い付けた跡があった。
そして、その腕はこの初老の男のものとは違う、
女性の腕であることは疑いのない事実だった。
その老人の両腕は明らかに女性の腕であった。
肩の付け根の辺りから雑に縫い付けているようであった。
「その腕は返してもらうぞ、外道」
「無駄デース。あなたはワテクシに触れることすら叶わないでしょう。行きなさい、ワテクシの忠実なるキメラちゃんたち!」
娘を外に出してきて良かった。
それは、この三賢者を名乗る存在に脅威に感じるからではない。
一人の娘の父として、これから行う凄惨な行いを見せたくなかったからだ。
部屋の中のキメラを閉じ込めていた牢獄のようなケージが開き、
なかから次々とキメラが飛び出し、俺に襲いかかってくる。
俺は右腕の義手の指先から先端を針状にした粘糸を飛ばす。
目の前に迫りくる五体の巨体のキメラの肌を針が貫く。
だがキメラの体に千枚通しが刺さった程度、
もちろんこの攻撃だけでは致命傷には至らない。
「無駄デース。ワテクシ自慢のキメラちゃんには痛覚などありませんから」
「そうか」
「愚かデス。そのような針を突き刺した程度の攻撃で、ワテクシの自慢のキメラたちを止められると思っていたデスか? 本当に愚かな奴デス」
「もう、終わった」
「終わった? 何が終わったのデスか? いまさら強がりを言っても、ワテクシには無駄なのデェス! さあ、とっととやるのデス! キメラたちよ!」
「終わったと、言ったはずだが」
「何故、キメラたちが動かないデス? あなた……ワテクシのキメラちゃん達に一体何をしたと言うのデスか?」
「針で血管から粘菌を寄生させた。粘菌は血流に乗り脳に辿り着き、脳を支配した」
キメラを突き刺した俺の硬化させたスライム針は、
たっぷりと寄生義手の粘菌を染み込ませた物であった。
粘菌への指示の内容は単純だ、
『宿主の脳を支配し自分の両手で自分の頭を圧し潰せ』
粘菌に課した使命はこれだけだ。
粘菌達はこの指示に従い、
自分で自分の頭を両手で万力のように圧し潰した。
ソージの前には、10の赤黒い花が咲いた。
既にキメラの血は寄生粘菌に犯され、黒みを帯びていた。
「さて、返してもらおうか。お前が盗んだ妻の両腕を」
「いやデス……ワテクシ、まだ死にたくないデス。死にたくない。死にたくなぁいデース!! 世界のために死ねないのデース! ワテクシを殺さないでくださぁい!」
「殺しはしない。妻の両腕を、返してもらうだけだ」
俺は白衣の男にゆっくりと近づき、
男の肩の付け根のあたりを右手で、
強く……万力のように握り。
「なに、を、するデス?」
「返してもらうだけだ。お前が千年前に、俺の妻から盗んだ物をな」
男の根本に乱雑に縫い付けられていたソピアの両腕を引きちぎる。
腕の付け根があったところからおびただしい量の血が、
ピューピューと噴水のように溢れ出る。
子供の頃に観た安っぽいB級スプラッター映画のようなチープな光景。
三賢者キオールという男に相応しい、安っぽい末路。
白衣の男は惨めに地面を転がりながらのたうち回っている。
「いやだぁあああっ!!! 千年の間、培ってきたワテクシの叡智がぁ……体から漏れ出て行くうぅ……嫌だぁ……死にたくなぁい……こんな……千年の間のワテクシの研究が全て潰え……終わってしまうなんて……人類の損失だぁ……」
「人の言葉、聞いていなかったのか。俺はお前を殺さない――絶対に」
まるで自分の声とは思えない、冷たい熱のない声で、
俺は三賢者の一人、キメラのキオールにそう呟いた。
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