第24話『"魔法"と"科学"と"錬金術"』

 俺はいつものように仕事のあとに娘を連れてダンジョンに潜っていた。

 安全面を考えてあくまでも後方支援のみに限定している。

 ちょっとでも危険と感じたら引き返す前提ではあるが。


 ハルは対モンスターへの戦闘能力が高いといってもまだまだ、

 未知の危険を理解できるほど大人ではない。



(……それにしても、第三階層は科学的というかちょっとしたSF映画とかファンタジーRPGゲームの終盤あたりにでもでてきそうな感じの階層だな)



 科学の技術が関連しているということは、

 おそらくはこの第三階層はソピアと関係のある階層なのだろう。


 何故ならソピアが千年前に研究していたのは、

 魔法に代替する新たな技術としての"科学"だったのだから。



「厳密には、"魔法と科学の融合"それこそが、ピアの目指した世界」



 新しい"科学"という技術で既存の魔法を塗り替えるのではなく、

 あくまでも"魔法"を主軸において、"科学"はそれを補助する位置づけで、

 活用できないかと研究していたようである。



 この辺りの事情は真剣交際中の交換日記で知った事だ。



 ソピアの交換日記で知った時はこの世界でも、

 科学を探求しようとした者が居た事実に驚いたものだ。


 この世界は科学の代わりに魔法やダンジョンが発達した世界だ。


 そんな世界にあって、ソピアはその世界において"科学"という、

 この世界の神秘のヴェールのなかを覗くことに成功していた。



 それは、"始祖錬金術師"が創造した"ダンジョン"とは、

 異なるアプローチで資源の枯渇問題を解決しようという、

 こころみであった。



 千年前の世界は多くの賢者が試行錯誤していた時期で、

 それほどにどん詰まりの状況だったようである。



 ソピアは魔法や物理現象を一つ一つ分解、解析し、

 前世でいうところの"科学"を補助的に使うことで、

 労働者の仕事を少しでも楽にしたいと思っていたようだ。



 ソピアは"魔法"を"科学"の力で補助することによって、

 魔法の知識がない人達、貧しくて魔法を習得する

 余裕のない人達にも簡単に魔法が使えるようになる、

 そんな世界を夢見ていたのだ。



 魔法の神秘性を重んじる既存の団体からは排斥され、

 さらにはソピアを神として担ぎあげた奴らに殺され、

 志半ばにその生を奪われることになったのだが……。




 ソピアは"叡智の大賢者"から"神の信仰に背く背教者"

 におとしめられ最後には『邪神』の烙印を押された。


 そしてソピアを神輿として担ぎ出していた、

 狂信者たちの団体にその体を八つ裂きにして殺され、

 殺しきれなかった魂を暗い地下の部屋に封印された。



 俺は、ソピアに苦痛を与えた連中を許すことができない。

 同じ報いを受けて欲しいとは思う。



 だが……それも、千年前のことだ、

 もう俺には復讐をすることができる相手すら居ない。

 それが、悔しい。


 妻の仇を取りたいと思うのは邪悪な思考だろうか、

 もし、それが邪悪で利己的な考えだと言うなら、

 俺はそれでも構わない。



 だが、俺の復讐を果たす相手はもうこの世には居ない。

 妻に酷いことをした外道共は、千年前に死んでいるのだから。



 だから最終的にはこの憤りは自分の心のなかで、

 折り合いをつけるものでしかないのだ。



「綺麗なの。床が綺麗な白色でピカピカしているなの」



「そうだな。キラキラ光っていて綺麗だな」



 なんというか3階層は前世でいうところのRPGゲーム終盤に多い、

 SFとファンタジーが半々みたいな感じのダンジョンだ。


 白い壁には薄っすらとだが赤い光が通っており、

 なんとなく仮面ライダー5◯5っぽくもある。


 単純な科学技術とも違う魔法と科学の、

 あいのこみたいな感じであろうか。



(こういった感じのダンジョンなので、現れるモンスターはキメラかゴーレム系が多そうな予感がするな。まぁ、ゲームの場合はだがな)



「パパ。変なモンスターが走ってきているなの」




「ハルは後ろに下がれ、コイツは任せておけ!」



 キメラ系のモンスターである。

 ゴブリンとジャイアントローチを融合させたような姿。


 ゴブリンの背中からジャイアントローチの黒い羽が生えている。

 とてもゴブリンの自重を支えて飛べるとは思えない。


 まずはジャイアントローチの弱点である、

 バブル・ウオッシュで弱らせる。


 目の前のジャイアントローチとゴブリンのキメラの、

 駆けてくる勢いがなくなるが、まだ立ち向かって来たので、


 寄生義手の手の甲からスライム化した体の一部を、

 剣へ変形させ、横一文字にその首をはねる。



「ハル。首は切ったが、まだ動いている、そのモンスターに近づくなよ」



「了解なの」



 二足歩行ではあるが生命力はゴキ◯リなみだ。

 通常のゴブリンは首を切断すれば即死する。

 このキメラの生命力はゴキ◯リなみということだろう。


 トドメをさすために心臓に剣を突き立て、殺す。


 赤い血の代わりに、牛乳のように白濁したドロリとした

 粘性の液体が溢れ出てしばらくすると、

 光の粒子になって消滅した。


 異形なモンスターではあったが、

 光の粒子になり消えたところを見ると、

 あのキメラもあくまでこのダンジョンの一部ではあるようだ。



 ダンジョンとは不思議な物だ。

 ダンジョン・コアを創り出し、世界中にダンジョンを創り出した、

 始祖錬金術師はよほどの天才だったのだろう。



「パパ。宝箱見つけたなの~」



「どれどれ。宝箱はパパが開けるから、ハルは後ろで待っていてくれ。バブル・ウオッシュ、スクラブ、サニテーション。よし、ただの宝箱のようだ、開けよう」



 ダンジョンの宝箱は実はかなり危険度が高い。

 あくまでも他の冒険者から聞いた情報ではあるが、


 ダンジョンでの死亡率は、モンスターに殺されるよりも、

 宝箱を開けて死ぬ方が多いらしい。


 宝箱が擬装したミミックが相手の場合は、

 上半身をガブリと噛まれて即死。


 開いたら爆発するトラップの場合は、

 これも上半身が吹き飛び即死。


 宝箱は危険である。


 だからといって、

 冒険者の目的はダンジョンの踏破とお宝の獲得なので、

 危険を冒してでもそれを成し遂げねばならない。



 ダンジョン探索においてパーティーメンバーを組む際に、

 敵との戦闘が不得手な盗賊ローグがとても人気である。


 その理由は単純にダンジョン内で宝箱を見つけた際に、

 鍵開けや、罠解除を行ってくれ、またこの危険な宝箱を

 開けるという命がけの仕事を担ってくれるからである。



 俺は専門職の盗賊ローグではないが、

 宝箱を開ける際は可能な限りの対策はしている。

 さっき使った3つの魔法がまさにソレだ。


 "バブル・ウオッシュ"で宝箱の鍵穴から、

 中まですべてを泡で包むことで、

 仮にミミックであっても窒息死させられるし、

 仮に火薬系のトラップであれば湿気させ、無効化できる。


 "スクラブ"も宝箱を擦って表面を削る魔法だが、

 これもミミック看破に役に立つ。


 "サニテーション"で宝箱の中にダーティースライムのような、

 雑菌やウィルスの塊のような不定形モンスターが

 潜んでいるのであれば、これも即死させることができる。



「といっても、専門職の盗賊ローグですら完璧な宝箱の罠抜けなんてできないから、宝箱を開ける時は最後は度胸なんだけどな……、っと」



 宝箱を開けるとそこには立派な槍が見つかった。

 魔槍ゲイボルグ・レプリカという武器らしい。



「パパ。この綺麗な槍さん、食べていい?」



「ああ、いいぞ」



 立派な槍をスライム化した娘が丸呑みにしている。

 ブロード・ソードを食べていた時よりも美味そうだ。


 品質が高いほど味も良くなるものなのだろうか。

 興味は付きない。



「おなかいっぱいなの」



「そうか。その槍は旨かったか?」



「繊細かつ複雑な味で美味しかったなの」



「そうかそうか。残さずたべずて、いい子だな。大きくなれよ」



 満足気に微笑むハルの頭に手を置き、

 俺はハルの頭を撫でるのであった。

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