第19話『2階建ての豪邸を手に入れた!』

「……あんたは聖人様さね? ここに居る娘たちは、命を救ってもらった恩がある娘たちだ。お兄さんにだったら誰でも特上のサービスをしてあげられるさね。なんだったら、うちの自慢の娘を何人かつけてやってもいいさね」



「いえ、妻子が居るので……お気持ちだけ頂戴します。……あとその、小さな娘の前なので、そういう話は控えていただけると助かります」



 否定の言葉ばかりを重ねなければいけない事が心苦しいが、

 ソピアはともかくとして娘に聞かせるには刺激が強すぎる内容だ。

 もちろん、女主人さんの好意は理解してはいるのだが……。



「おっと、ごめんよ。こっちも悪気はなかったんだ。どうしても商売柄すぐにそっちの発想になってすまなかったねぇ……」



「いえ、こちらこそ好意に水を差してすみませんでした」



「お兄さんにはとても美人な奥さんと、かわいい娘さんが居るから、こういう話は不適切だったねぇ。……でも、そうなると私がお兄さんにできることはそんなになさそうさねぇ……ところでお兄さんは今、何か困っていることはないのかい?」



 困っていること……ある。家だ。

 ソピアとハルで3人で暮らす家を探して王都をさまよっていたのだ。

 ダメ元で女主人さんに相談してみようか。



「実は、王都で妻と娘の3人で暮らすための家を探しているんですが、探してみるとどこも本当に高くて……。悩みと言ったらそれですかねぇ……ははっ」



「あ~……。分かる、分かるよ。この王都で立派な家に住むのは超一流の冒険者でも無いと難しいんだ。お兄さんのような立派で、素晴らしい、偉大で聖人のような冒険者さんでも、王都で宿屋暮らしから家を借りるとなると、それなりのお金が必要になるから難しいだろうねぇ」



 まぁ……。俺は偉大でも聖人でも素晴らしくも無いし、

 更には最下層のGランク冒険者なのだが、

 話の流れ的にここは適当に流しておこう。



「そうなんですよ」



「もし、お兄さんと、お姉さんと、おちびちゃんがこの花街の近くで住むのが嫌ということでなければ、家賃無料で貸してあげられる家があげるけど? どうさね?」



 とんでもなく破格の条件である。


 だけど俺としては花街の近くで暮らすというのはちょっとだけ複雑な心情だ。


 前世の話だが、俺の母親は父と離婚してからというものの、

 母親だけの稼ぎで俺を高校卒業まで養ってくれていたのだ。


 明言することは無かったが、

 俺を育てるために俺の母親は水商売で働いていたようだ。


 中学の3年生の頃にクラスメートの女子たちが、

 噂話をしているのを偶然聞いてしまいショックを受けたことがある。

 

 正直なことを言うと、クラスメートの噂話を偶然耳にする以前から、

 薄々ではあるが看護師の夜勤の仕事と母は言っていたが、

 そのわりには化粧や香水が派手だったので、なんとなくは気づいてはいた。



 現実として受け入れたくなかったから思考をシャットしていたのだ。

 とはい、噂話を聞いてからというものの、周りにも知られているという、

 羞恥心から学校でもなんとなく肩身が狭い思いをすることになった。


 

 その話を聞いて以来、母への嫌悪と片親で育ててくれている、

 感謝の気持とごっちゃになって、なんとも言えない複雑な葛藤があった。


 理屈では分かっていてもなかなか整理できない感情というのはある。

 このモヤモヤした感情に整理をつけられるようになったのは、

 高校を卒業をして企業に就職してからのことになる。



 社会に出たあとはいろいろな年齢の人たちの価値観を知り、

 女手ひとつで俺を見捨てずに育ててくれた事に、

 純粋に感謝をすることができるようになった。


 そして、社会に出てからは母と同じように小さい子を、

 片親で育てている人と話す機会もあった。


 昼は派遣、夜はお水の仕事という生活がキツイせいか、

 よく昼休みの休憩中なんかに、仕事と子育ての両立の大変さ、

 お水の仕事の大変さについて愚痴を聞かされたものだ。


 でもその女性から聞いた生々しい愚痴のおかげで、

 俺の母親がどれだけ偉大だったかを理解できた。


 それからは誕生日の日には数千円程度のものではあるが、

 プレゼントを贈ることにしていた。



 ――なんというか我ながらいろんな事を思い出してしまった。



 思春期には葛藤はあり、

 思うこともあったがすべては前世、過去のことだ。


 大切なのは――目の前の妻子の幸せである。

 そのためには、物件条件を確認する必要がある。


 いかに好条件とはいえ、妻子が住むのに危険な地域であれば、

 悪いがこの話はお断りするしかない。


 安全にまさるものはないのだから。



「その……うちは、娘がまだ小さいので治安の面とかを重視したいのですが、そのあたりは大丈夫ですかね? 偏見かもしれませんが、酔っぱらい冒険者とかが多そうな感じもしますので」



「ふふふっ。お兄さん偉いね。親なら当然の心配さね。その点は大丈夫さ。お兄さんに貸す予定の家は目の前に衛兵の支部があるんだ。花街の治安を守るために24時間ずっと衛兵さんが守っている。治安の面だけでいうなら王都でも随一さね」



「なるほど、それは魅力的な条件です。家の目の24時間稼働の衛兵さんの詰め所があるというなら、治安面に関しては問題無さそうですね」



 そもそも夜間の外出は大きくなるまでは控えてもらうつもりだ。

 どんな治安が良いところでも子供が夜歩きするのは危ない。



「この花街の娼館はちゃんと税を納めているから王都の中でもかなり手厚く保護されている地域さね。今回、貸し出す家は2階建てで風呂付きで6部屋もある家だよ。これから家族が増えても十分に暮らせる家さね」



「いや、でもいいんですか、そんな豪邸に住まわせてもらって?」



「構わないよ。正直、いまは空き家で蜘蛛の巣やホコリが積もっているありさまさね。元々は私の家だったんだけどね、うちの娘たちと賑やかに過ごせるここで過ごす方が寂しくないから、途中からは仕事場で寝泊まりすることが多くなったんだよ。今は誰も使ってないから自由に使っておくれ」



「ありがとうございます。とはいえ何もかもしてもらってばかりでは、不義理なのでせめて週に1回くらいの頻度で従業員の皆さんに治癒魔法をかけさせて下さい。そして、娼館全体を魔法で清掃させてください。銀貨では恩返しできませんが、それくらいならできます」



「今回だけじゃなく、今後も助けてくれると言うのかい? それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらってお願いしても良いかい? うちの娘たちも、治癒魔法だけじゃなくて娼館の掃除までしてくれるというなら大喜びさね」



「いえいえ、広い家をタダで貰えただけで十分過ぎます……。この規模の家を借りるとなると、月額でも銀貨200枚、いや250枚は軽く掛かるでしょう。……そう考えたら、この程度は当然のことです。困った時はお互いさまでいきましょう?」



「そう言ってくれるとこちらも気が軽くなるよ……ありがとね、お兄さん」



「いえいえ。こちらこそ、王都でこんな豪邸に住めるなんて夢のようです」



「……あとさね、聞いたらマズイと思ったので聞かなかったんだけど、お兄さんの右腕の甲冑と法衣のあまりに前衛的過ぎるファッションは、時代の最先端を行くこの王都でもちょっとだけ目立ちすぎじゃないかい? 誤解されて損することもあるんじゃないかい?」



「すみません。この右腕の甲冑と、包帯と法衣は俺のファッションなので……。これは譲れないものなんです。それに右腕の、この鋼鉄の甲冑感が格好良いと思いませんか?」



 さすがに呪いの装備であるということは言えない。

 でも、魔力自動回復とか、スライム状の腕を隠すための包帯とか、

 本当のことは言えないから、苦しくてもファッションと言い切るしかないんだよな。



「あはは。そうさね。うちの娘たちのおチビちゃんたちは、そういうの好きって言ってたから、子供には好かれそうなファッションだね」



「子供に、ですか。ははっ……」



 思い当たる節はある。


 地下下水道で救った子どもたちにも俺の格好は大人気だった。

 子供はダークヒーロー的な格好が好きな子が多いのかもしれない。



「ちょっと悪いことを聞いてしまったみたいさね。なぁに、私は60後半のおばちゃんさね。お兄さんのように若い男性のファッションが理解できないだけだから、そんなにしょげないでおくれよ」



「大丈夫なのじゃ、妾はその甲冑と法衣のファッションは独創的で素敵だと思うのじゃ。きっと、時代がそのうちソージに追いつくのじゃ」



「パパの服装は格好いいから心配しなくても大丈夫!」



 妻と娘にもなんとなく気を遣われてしまった気がする。

 気を遣ってくれる人がいるだけでもありがたい。



 そんなこんなで娼館の女主人の案内で、

 家族で住む新居に足を運ぶのであった。

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