第18話『娼館の女性たちを救おう!』

 女性は娼館街のなかでも少し古めの娼館の中に入って行った。

 よく言えば王都の冒険者達の多くに愛されていそうな老舗の名店。


 厳しめの感想だと、少し寂れた娼館といった感じだ。



「おかーちゃーん! おかーちゃーん! 王都で治癒魔法を使えるという男を連れてきたよ~! ちょっと変な格好しているけど、治癒魔法を使えるって言うんだから早く、みんなのところに連れていかないとだよ~!」



 俺たちをこの娼館に連れてきたこの女性が、

 "おかーちゃーん"と呼んでいた女性はおそらく、

 娼館の女主人である。


 変な格好というのは、まぁ多少の自覚はある。聞き流そう。


 おそらくこの娼館の女主人と思われる女性の年は、

 おそらく60歳後半くらいか。


 髪は白髪であるが油をさしているせいか、

 ツヤがあり、身なりもしっかりしている。


 "おかーちゃん"と呼ばれていた女性が、

 俺の上から下までみていぶかしそうに眺めていたが、

 額に手を当てると、ワラにもすがる感じで俺に声をかけてきた。



「お兄さん、わたしゃあこの娼館の女主人さね。えっと、見知らぬお兄さん、あんたは治癒魔法が使えるっていうのは本当かい?!」



「はい」



「なら、うちの娘たちが今朝から急に高熱と咳をだして、いまは本当に大変な状況なんだ。来てもらって急かして悪いけど、なんとかしてくれるかい?」



「はい。治癒魔法が使えます。完全な治癒が可能かは、症状をみてみないと分かりませんが……少なくとも応急処置くらいなら問題なくできるはずです」



 地下下水道の菌とウィルスの塊であるダーティー・スライムを即死させる、

 殺菌魔法の"サニテーション"を使えば大抵の状態異常であれば、

 瞬時に回復させることができるだろうが治癒魔法の専門家ではないので、

 過度な期待を持たせないように、言葉は慎重になってしまう。



「治癒魔法の中でも、高位の状態異常回復の魔法が必要なんじゃが……今は、贅沢を言っている場合じゃないさね。お兄さん、試しに、うちの娘たちを見てやっておくれよ。出来る範囲で構わないから、後生だから頼むよ」



 両手をあわせてまるで神様に祈るような格好でお願いをしてきた。


 素性の知らない格好がおかしい男にそこまでするということは、

 この女主人にとって"うちの娘"と呼ぶ人達が、ただの従業員ではなく、

 かけがえのない存在なのであろうことは容易に想像できた。



「はい。私は専門家ではないですが、私が出来る限り、最善を尽くします」



 娼館の女主人の後ろをついて歩いていくと、

 娼館の更衣室兼休憩室の大部屋の床で、

 雑魚寝する女性たちを見かける。


 どの女性も肌に麻疹が出ていて呼吸が荒い。

 体温も高く、とても苦しそうだ。


 女性たちが口元を抑えるハンカチを見ると、

 咳に血が混じっているようだ。

 病気によって肺がやられている可能性がある。


 思っていたよりも深刻な状況だ……。

 考えている余裕はない。

 

 急いで治癒魔法を使わないといけない。



「サニテーション」



 俺は大部屋に雑魚寝している女性たち全員に魔法を掛ける。

 菌やウィルスが原因の状態異常を完治させる魔法である。


 部屋が煌々こうこうと白色の魔法の光に包まれる。


 光があたるやいなや部屋で雑魚寝している女性たちの、

 麻疹が消え熱もなくなってきているようだ。

 止まらない咳も止まったようだ。


 なんとか女性たちの症状を抑えることはできたが、

 体力がだいぶ衰え、このままだと衰弱死の可能性もある。


 病気が治っても体力が元通りになるまでには時間が掛かる。

 体力を回復するための魔法も使っておこう。

 

 意識も朦朧としてだいぶ弱っているようだから、

 可能な限り魔力をこめて回復を行おう。



「フル・ヒール」



 部屋が煌々と輝き、雑魚寝の女性たちが緑色の光に包まれる。

 みるみる顔の血色がよくなっていく。


 ついさっきまでは全身がくすけた色の死を感じさせる肌の色だったのが、

 ツヤツヤとした健康的な肌ツヤに回復した。


 意識を取り戻したのか雑魚寝していた女性たちが、

 起き上がり、いま自分たちに起きた現象について、

 その感動を伝えあっているようである。


 照れくさいが、喜んでもらえるのは嬉しいことだ。



「ふぅ……。なかなか、危ないところでしたが、なんとかなりました。完治したと思いますが、私は治癒魔法の専門家ではないので、症状が少しでも悪化したら専門家の方に見てもらってください」



「……あなた様は、高位の僧侶さまでしたですじゃ? 慌てていたからとはいえ、あなた様に失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんですじゃ。よぉーく見たら、あなた様の着ている法衣からは高貴なオーラが漂っている気がしますじゃ」



 まあ……呪いの装備の"破戒僧の法衣"だから神聖性は欠片もなんだけどね。

 最初の印象というのも挽回可能なのだなと、しんみり思うのであった。


 そんなことを考えていると起き上がった女性たちは、

 服を脱ぎだし全裸になり全身を見つめる。



「わぁ……っ! あなたの手にあった黒いシミ、消えているわ!!」



「わぁ。本当だ、子供の頃からあったのに手の甲のシミが元から無かったみたいに消えているわ……。あなたの方も、元旦那に付けられた顔の古傷が消えているわよ」



 さっきまで雑魚寝をしていた女性たちがおのおの、

 全裸になり綺麗になった全身を見るために、

 大きな鏡の前を競いあって全身を見ている。


 妻子が居る場で全裸の女性が大勢居るこの光景は少しきまずい・

 だが、命の危機にあったのだからそうも言っていられないだろう。


 少しでも役に立てたのは嬉しいことだ。



「まだ症状が出ていない、他の従業員のみなさんにも念のため治癒魔法をかけさせていただいてもよろしいですか? 万が一ということもあると思いますので……」



 発症していないだけで感染している可能性はある。

 前世で感染から発症までに時間差があるとか学んだ気がする。


 ここの女性たちに迷惑でないのであれば、

 念のために治癒魔法をかけておいた方が良いだろう。



「ほれぇー! うちの娘たちやー! イケメンのお兄さんが、あんたたちの病気や古傷とかシミとか、ぜぇーんぶ治してくれるってさぁ! さぁさ、イケメンのお兄さんに迷惑かけないようにちゃっちゃと、お兄さんの前に一列に並びなさいー!」



 娼館の女主人の指示のもとで、

 "うちの娘"と呼ばれる娼館の従業員と思われる女性たちが、

 俺の前に一列に並ぶ。


 この娼館の女主人と従業員の女性との関係は、

 従業員と雇用主の関係というにはあまりに家族的だ。

 少し、特殊な関係なのかもしれない。


 上司の命令に従っているというよりも、

 家族の関係に似ているような気がする。


 まぁ……俺の知らないいろいろ事情があるのだろう。

 うちの妻子にも少し、人に言えない秘密があるように。



「それじゃ、いきますねー。サニテーション、フル・ヒール」



 白い光と、緑色の光が部屋を煌々と照らし、

 一列に並んだ女性たちと、娼館の女主人に治癒魔法が掛かる。


 どうやら、魔法の手応え的に、発症していないだけで、

 なんらかの菌やウィルスに感染している女の子が数名居たようだ。


 念のために治癒魔法を使うことを提案して良かった。

 彼女たちが発症したらまた感染が広まったからな。



「さすがは、妾の旦那さまなのじゃ!」



「パパ、とってもかっこいいなの」



 王都に出て初めて妻子に父親としての威厳を見せることが、

 できて嬉しい反面少し照れくさいなと思ったのであった。


 俺は照れ隠しにちょうど良い位置にある、

 うちの娘のハルの髪を優しく撫でるのであった。



「こんなにやってもらって悪いねぇ。これだけ大勢の人に治癒魔法を使ってくれたのだからその費用は……どれくらいかかるのかい? 金貨100枚……いや、金貨200枚とかかい?」



「いえいえ、無料でいいですよ。最初の重症の従業員の方たちは別にしても、念のために治癒魔法を使いたいと提案し、治癒魔法を掛けさせて欲しいと希望したのは俺の方ですし。困った時はお互い様です」



 さすがに突然の病気でただでさえ苦しい想いをした人達に、

 更にお金を請求することはできなかった。


 ソピアの方をチラリと見たら、無言で親指を立て、

 にこりと笑っていた。



 俺は少し誇らしい気分になるのであった。

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