第12話『更なる地下へと誘う螺旋階段』
俺は下水に溺れかけていた少年をすくい上げ、
バブル・ウオッシュの魔法で全身を滅菌する。
下水に含まれる菌は膨大だ。
滅菌しないと傷口や体の粘膜から菌が入り込み、
感染症を引き起こし、
のちのち致命的な病気を引き起こす可能性がある。
「大丈夫か?」
「おじさん、助けてくれてありがとうございます。俺の友達がモンスターに……大人の助けを呼びに行こうと思ったら、足を滑らせて水の中に落ちてしまいました」
王都の地下下水道は暗くて視界が悪いからな。
友人の危機で焦っていたのであれば不思議はないか。
「モンスター? どんなモンスターか特徴を教えてくれるか」
「体中に目玉がびっしりと覆われている……気味の悪いスライムでした」
「ふむ。ダーティー・スライムか。急ごう。友達が襲われた場所へ案内してくれ」
ダーティー・スライム。
不幸中の幸いかもしれない。
まだそんなに時間が経っていない今なら、
少年の友達を助けられる可能性がある。
ダーティー・スライムは巣穴に餌を
持ち帰る習性があるが基本的にはすぐに食べず、
麻痺毒で動けなくした上で巣に保管する。
だが、時間が経てば苗床か餌にされる。
万が一ということもある、急がねばならない。
「おじさん! ここだよ」
そこはダーティー・スライムの巣であった。
俺は左手に
「サニテーション」
殺菌魔法である。
菌やウィルスの塊で出来たダーティー・スライムの無数の群れは、
魔法の光に包まれまたたくうちに消滅した。
巣穴に持ち込まれた子供は麻痺毒をかけられた上で、
肩から下はゲル状の塊で固められていた。
俺は右腕を剣に変形させて切り裂く。
「エリミネーター・サウザンド・
ドロリとした液体が流れ落ちた後に、
まるで子鹿の出産のようにずるりと子供が、
その粘液の中から出てくる。
麻痺毒にやられてはいるが、
卵を植え付けられていたり、体を食べられている様子はない。
よかった……間に合った。
「キュア・オール」
ゲル状の液体に捕獲されていた少年の体に魔法を掛ける。
あらゆる状態異常を治癒する魔法だ。
「おじちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
「お礼は良い」
「その腕はどうしたのですか?」
「マジック・アームという身体強化魔法だ。禁忌魔法だから皆には内緒だぞ」
適当な嘘だが子供だから大丈夫だろう。
「うわあ! かっこいい」
「おじさんなのに強そう!」
おじさんなのにという言葉は要らないと思うがな。
俺は、これ以上腕を見られたくないので、
呪いの装備【狂人の包帯】を右腕にまとう。
まとうというか、自動的に包帯の方が右肩から右の指先まで全体を
ぐるぐる巻にしてくれるから装備が容易で便利な包帯なのだ。
なによりかっこいい。
「それよりも君たちはここで何をしていたんだい?」
「ちょっとした冒険のつもりだったんです。でも……王都のこんな身近なところに、こんな恐ろしい場所だったなんて思っていなくて……すみませんでした!」
男の子が小さい時に肝試し感覚でちょっと無理をしたくなる気持ちは分かる。
だけど王都の地下下水道は子供が冒険するには危険過ぎる。
モンスターも残酷な性質を持つものが多いし何よりも、
王都の民の日々の生活で生じる雑菌やウィルスだらけだ。
モンスターに遭遇しなかった場合もあとから重い病気になる者も多いと聞く。
それに今回はダーティー・スライムだから助ける余裕があったけど、
襲われたのがジャイアント・ローチや、キラー・ラットなんかだったら、
いまごろ骨すら残さずに食い尽くされていた。
あいつらには生きたまま巣穴に持ち帰るような知能はない。
ふーむ。正直、あんまり子供を怒るのは気乗りしない。
だけど、ここは心を鬼にして叱らないといけないな。
この子たちの将来のためだ。
「あのね。ここはギルドに所属している大人の冒険者が6人がかりで挑む場所なんだ。君たちのような子どもが来ていい場所ではないんだ」
「でもおじさんは一人だけで仕事をしていますよね?」
「それは……おじさんがSランク。最強の冒険者だからだ。君たちもこの地下下水道を一人で来たいなら、Sランク冒険者を目指すのだな。フハハハハハハッ!!」
「すごい! おじさんSランク冒険者だったのですね! だから強かったのですね! 腕がグイーンって伸びたり、カッコいい包帯を巻いたりしているので俺、おじさんは最初からただ者じゃないって思っていました」
「かっこいい! さすがSランクっす。やべーっす! 包帯とか凄くグッときます。"禁忌"の身体強化魔法もすっげーカッコよかったっす! "闇"って感じがヤバいっす!」
子どもたちの憧れの視線が痛すぎる。
本当は俺、Gランクだからな。
ランク詐称。微妙に罪悪感あるな。
まあ二度と会うこともあるまい。
子供に納得するための嘘だし罪にはなるまい。
それにしても少年たちはやっぱり包帯とか、闇とか、
エリミネーターの格好良さを理解しているのだな。
子供というのは純粋で素晴らしいな。
いつまでもその気持を忘れず持っていて欲しいものだ。
「そんなわけだから、少年たちよ。俺のような超凄腕のSランク冒険者になるまでは絶対に王都の地下下水道になんて来たら駄目だよ。さっきみたいなモンスターがあちこちに居るからとても危険な場所なんだ」
「はい! 俺たちもっと強くなります! 闇とか禁忌の魔法を覚えます!」
闇とか禁忌の魔法は覚えなくても良いけどな。
というかそんなもの修得できんのか。
「わかれば良いんだ。じゃあ。出口まではおじさんが送ってあげるから、今後はここに立ち入らないように気をつけてね。それと、ここでSランク冒険者……つまり俺に出会ったことは内密にな。俺はいま、とある人物からの依頼を受けての"シークレット・ミッション"の最中なんだ」
「「はい!」」
俺は二人の子どもを出口まで送っていった。
二人の少年が何度も俺の方を振り返って手を振っている。
Sランク冒険者に出会えたと思っているのだろう。
罪悪感がキツイ……だが、仕方がない。
少年たちには命があっただけ良かったと思って欲しい。
「さてと……こんな場所に、抜け穴なんてなかったはずだ。每日この通路をくまなく調べている俺が見逃すはずないもんな」
俺は元のダーティー・スライムの巣穴まで戻ってきた。
こんなところにダーティー・スライムが巣穴を作れるような横穴は無かった。
少なくとも昨日の清掃時までには無かった。
每日掃除していた俺が見逃すはずがない。
ということはここも隠し部屋か?
手元の【邪神のタリスマン】がほのかに妖しげな光を帯びている。
ソピアの隠し扉を見つけた時と同じだ。
「バブル・ウオッシュ」
元ダーティー・スライムの巣穴の奥まで入り込み、
汚れた壁を魔法の泡の洗浄力で浄め洗い流すと、
そこには丸いメダルをおさめる場所があった。
「ソピアの部屋の時と同じ現象だな。"
邪神のタリスマンを、隠し壁の円形のくぼみにはめると、
ギギギギギッという音がしばらくした後に隠し扉が開いた。
隠し扉の先を覗くと、
そこには地下へと続く長い螺旋階段があった。
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