第10話『人体錬成に挑戦してみた!』

「見知らぬ天井……」



 一度言って見たかったセリフだ。


 よく見知った天井。

 ソピアの部屋だ。


 右腕の肉が崩れ、骨まで見えていた気がするが、

 あのまま俺は死ななかったのか?



「目を覚ましたのじゃな」



 ソピアの目は明らかに泣きはらした後の目だ。

 俺の生死が不明だったから不安だったのだろう。



「ああ、俺は大丈夫だ。それよりも俺の子供は?」



「安心するのじゃ。子供は元気じゃ。今はベッドですやすやと寝ているのじゃ」


 俺はベッドに目線を向ける。

 キラキラ光る銀色の髪、

 小さくてかわいい鼻。

 

 容姿は俺に似なくて良かったな。

 いや、別に不細工ではない俺はフツメンだ。


 彼女ができたことはないが、

 それはあくまで運がなかっただけでフツメンだ。

 いやいや、俺の容姿のことはどうでも良い。


 娘にとっても容姿が母親似の美形なのは良いことだろう。

 眉のあたりは俺に似ている気はするが他は母親似だ。 


 娘の顔が父親に似ないということはよくあることだ。 

 何もおかしいことはない。


 国民的なロボットアニメのガン○ムのミ○バ様も

 父親のドズ○とは容姿が一切似ていなかった。



「すやすや寝ていてかわいいな。起こさないよう小さい声で喋ろうか」



「お主のおかげで人型として生きることができるようになったのじゃ。妾には感謝してもしきれないのじゃ……ところで、ソージの体調は大丈夫なのじゃ?」



「とりあえず痛みはないな」



 なんか変な夢を観ていた気がするが。

 俺の体にソピアが流れこむようなシュールな夢だ。

 あれは夢だったのだろうか?



「本当に良かったのじゃ。ソージは体が崩れて死にかけていたのじゃ」



「俺の右腕が崩れ落ちたと思ったのだけど。勘違いかな?」



「残念ながら事実じゃ。お主の肉の体の3分の1くらいは体の形を維持できずに崩れ落ちた……見たくない現実だと思うのじゃが、まず右腕を見るのじゃ」



 俺は自分の右腕に目を落とす。



「透けているな。なんかゼリーみたいだ。ソピアみたいにふよふよしている」



 左指でつついてみた。

 ヒンヤリとしてふにふにとした触感。

 ……そう、ふにふにしているのだ。


 左指の人さし指と、中指を二本束ねて突く。

 すすーっと右腕の中に飲まれていた。

 感触はヒンヤリとしている。


 俺が最初に考えた事は……。

 これで一度アレをアレしたらアレだろうな――ということだ。


 前世であれば大企業のTEN○A社から、

 ヘッドハンティングされてもおかしくない。

 ……それほどの素材を持った逸材だ。


 ふにふにのふよふよは最高だ。



「すまぬ……右腕はどうともできなかったのじゃ。右肩から完全に失われてしまったのじゃ……妾の力が足りぬばかりに。人の体を失うことになってしまった」



「いや気にしなくて良い」



 まあ、もともと死ぬことを覚悟していたしな。

 生きている事自体が奇跡みたいな物だろう。



「ソージよ……。お主という者は……さすがは妾の惚れた男じゃの。妾の目に狂いは無かった。ソージこそが、世界一の男じゃ。妾はお主のような素晴らしい旦那をもてたことを誇りに思うのじゃ」



 凄い尊敬の眼差しを感じるぞ。

 俺が脳内で考えていることは絶対に覗かせたくないぜ。

 ほっぺたにキスもしてくれた。

 かわいいやつめ。



「そういや俺の右腕の件なんだけどさ、ソピアみたいに人の腕の形に変形させたりもできるのか? 外だとこのスケスケな腕は悪目立ちするからな」



「それは、魔法のプロフェッショナルのソージになら簡単にできるはずなのじゃ。肩から腕にかけて血液を流し込むイメージで魔力を注ぎ込むのじゃ」



「おお……できた。毛がないしツルツル過ぎて俺の腕じゃないみたいだ」



 表現が難しいのだが右腕を人型にする時の感覚は、

 なんとなくあの感覚に似ている。


 海綿体を勃っ……じゃなくて、励起れいきさせる感じだ。


 ということはソピアが人型の姿を保っている日は……

 常時……全身をさせているみたいな感じなのか?


 いや、これはさすがに夫婦間といえども聞いたらまずい類の質問だな。

 モラハラ夫になってしまう。危ない……危ない。


 こういう無神経な発言が家庭崩壊に繋がるのだから気をつけねばな。

 親しき仲にも礼儀あり。俺も気をつけよう。


 いまになって、スライム状態がリラックスできるという

 ソピアの言葉の意味が今やっと理解できた。


 励起ばかりの話だとあれなので……別の例えで話そう。


 上半身ハダカになって鏡の前でシックスパックを作るために、

 腹筋に力を入れる感覚に似ているな。


 その状態を維持する。

 できなくはない……できなくはないが、疲れる。


 ……無理じゃない。

 人型の腕を形作るのはそんなに難しくもない……けど、

 これを維持するのは地味にキツくないか?


 たとえば、24時間、励起状態を維持できるのか。

 腹筋に力をいれ続けるかっていう話だ。


 もしかしたら可能かもしれないが結構辛いと思うのだ。



「ふむ……。お主の人型化させた右腕は、左腕と比べると少々……なんというかツルツルじゃの。まるで10代前半の少年のような美しい腕なのじゃな」



 なんだろう。エステで全身脱毛したらこんな感じになるかなという感じだ。

 正直、なんというか違和感がすごい。


 一時期気の迷いで無痛脱毛に挑戦しようと思っていた時期があったのだが、

 この右腕を見て挑戦しなくてよかったと思った。



「この右腕は例えば武器のような形状に変形できたりするのか?」



「可能なのじゃ。イメージした通りになるのじゃ」


 具体的なイメージは既に頭の中にある。

 俺はイメージする。


 俺の右腕が剣になるイメージを。

 銀色のカッコいい刃物になるイメージを。


 何度も繰り返し観た、あの映画のイメージを。



「おお……できた! かっこいいっ!」



 すごい! まるでT-10○0だ。

 俺はこの右腕の剣モードに名を付けた。

 【エリミネーター・サウザンド1000の害虫を駆除する清掃員】と。


 ○ーミネーターとエリミネーターは、

 語感がめっちゃ似ているだけで別物だ。


 ちなみに"エリミネーター"とは、駆除剤という意味だ。

 害虫駆除剤などに使われる用語らしい。

 要するに、清掃系の用語だ。


 まさに俺にぴったりの新たな武器だ。


 ゴキ……ジャイアント・ローチを每日倒している

 俺的には問題ないネーミングだと思う。



「ところで……ソージよ、体調は大丈夫なのじゃ? 内蔵の一部とか腹部を中心としたあちこちがスライム化しておるのじゃが」



「特に問題無さそうだな」


 腹部にまだらにスライムになった部分があるので、

 残念ながら、水着回とかがあっても出られそうにないが。


 さすがにおっさんの内蔵を見たいという業の深い性癖の女子は居ないはずだ。

 おっさんの腸を眺めて楽しめる女性が居るとは考えがたい。

 そんな濃い性癖の女性はいないと信じたいところだ。


 普段は上着を着ていればバレないから大丈夫そうだな。

 顔がスライム状にならなかったのはラッキーだった。


 問題は腕の方だ。


 人の腕モードを維持できるとして、この少年のようなたまご肌は、

 アラフォーの俺だとちょっとキツイものがある。



「仕方ない。使いたくなかったがアレを使うしか無い」



 呪いのアイテム"狂人の包帯"。


 装備すると殺人衝動が抑えられない呪いのアイテム。

 だが、【健康体】を持つ俺には無効だ。

 問題はそこじゃない。


 俺はさっそく包帯を右腕に巻き付ける。

 巻きつけるというか、自動的に包帯の方から俺の腕に巻き付いてくる。

 呪いの装備は装備が便利で助かる。


 綺麗に右腕全体が包帯に覆われた。



「……凄い、カッコいいの。なんというか……"ふあっしょなぶる"なのじゃ」



 ソピアの顔が若干引きつっている。気持ちは分かる。

 言いたいことも分かるが抑えてくれ。



 俺だって、もう邪○炎殺黒龍波とか言うような年齢じゃ無いことは理解している。

 もちろん、呪われた右腕が暴れだしたり、魔眼がうずき出したりもしない。

 安心して欲しい。



「ソピアの言いたいことは理解するが、スライム状の手を隠すためには仕方ないんだ。外出時は右腕にこの包帯を巻いて出かけるから」



「お主……正気か? あんなことがあった日の当日に仕事をするのじゃっ?!」



「ああ。行ってくる。何はともかく金だ。金を稼いでさっさとこの部屋の封印も解いて、家族3人で王都に移り住んで暮らそう! そんじゃ、いってきます!」



「いってらっしゃいのじゃ!」



 午前半休扱いだから報酬減らされるかもしれない。

 急いで行かなければ。


 せっかく銀貨5枚に増やしてもらったばかりなのに、

 また銀貨3枚に減らされたら最悪だ。



 俺はそんな事を考えて超ダッシュでギルドに向かった。

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