第9話『ソピアと俺の命がけの出産』
人の子供は10月10日。
そこは俺とソピアの子である。
臨月がくるまでに3ヶ月しか猶予がなかった。
出産と言っても通常の出産ではない。
なにもかもが手探りで、ソピアは母子ともに苦労をさせた。
そもそも肉体を持たない相手が妊娠するということ自体が、
おそらくこの世界でも前例のないこと。
少なくとも俺もソピアも聞いたことがない事案だ。
俺はふと思う。
産まれてくる子は男だろうか、女の子だろうか。
前世ではエコーとかの診断機器を使うので、
出産前から男女の区別はついたそうだが、
この世界にはそのような技術はないようだ。
だから、産まれてからのお楽しみという感じだ。
そもそも俺とソピアの子だ。
両性、または性別がない可能性もある。
女の子でも男の子でも産まれてくれさえすれば良い。
妊娠中のソピアはお腹が大きくなってはいた。
だが、スライム状態で透けたおなかを覗いても、
おなかのなかを動いていたのは、
人型ではない液状の塊であった。
だが、耳を当てると動いているのを感じられた。
生きているのだ。
ちょっと前のことを思い出す。
ソピアのおなかが膨れだしてからおなかの中の子供が、
人型でないことが悲しそうであった。
おそらくは、俺に対する申し訳のなさのようなものも、
感じていたのだろう。
心配は不要だ。
これは俺が無理してお願いしたことだ。
仮にどんな形であれ、幸せにすると。
だから心配する必要はない。
我が子が母体を食い破るような凶悪な存在であれば、
その時は現実問題として残酷な選択も考えなかったかもしれない。
だが、幸いにしてその心配はなさそうだった。
透明で姿は見えないがそれ意外は普通の子供と同じ。
知性はあるのだろうか。言葉は通じるのだろうか。
正直を言えば不安はあった。
だけど動揺することは許されない。
俺が動揺すればソピアはもっと動揺する。
そうなれば胎児にも負担がかかる。
考えるのは無駄だ。
預言者ではないのだから予測はつかない。
その時はその時で考えよう。
人里で住むのが無理そうなのであれば、
王都から立ち去る事も考えよう。
山の中に静かに住むのも楽しいかもしれない。
ソピアには妊娠で心身ともに大きな負担をかけている。
産んで欲しいとお願いしたのも俺だ。
俺ができることはそう多くない。
感謝を伝えるには何が。
「……ソージよ。そろそろ産まれそうなのじゃ」
陣痛がかなり強くなってきたらしい。
呼吸が荒くなっている。
ソピアは人型にもスライム娘の姿にもなれるが、
出産時は負担が少ないスライム状態で行うようだ。
「がんばれ」
俺はソピアの手を強く握りしめる。
しばらく、食いしばるような苦しそうな顔をしていた。
握り返す握力でそれは分かった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
分からない。
「ふぁあ……産まれた……のじゃ……」
「お疲れ様。子供は、俺がちゃんと取り上げたよ」
「ありがとう……すまぬ……我が子の顔を見させてくれんかの」
特殊な事情から産婆さんの力を借りる事はできなかった。
だから、子どもは俺が取り上げた。
取り上げた我が子をソピアに手渡す。
俺の子の姿は液状の塊――スライムのような姿だった。
ソピアは俺から渡された子どもを抱きかかえる。
しばらくすると不安そうな声をあげる。
「……この子……このままだと……実体を維持できないのじゃ」
「何か方法は」
「……妾に……人体を形造るために必要な……
「
「……駄目じゃ。……お主が
「構わない。俺の
「ソージよ……お主、死ぬ気か?」
「大丈夫。俺は死なないよ」
何ら根拠は無かった。
だが、こうでも言わなければソピアは俺の魄を子供に使ってくれない。
だからハッタリでもなんでもそう言う必要があったのだ。
我が子が生きて欲しいと思っているのは俺も同じだ。
「お主は……本当に……。覚悟は伝わったのじゃ……使わせてもらうのじゃ」
「おう。まかせた」
「
部屋中のあちらこちらの魔術式が光り輝き、
我が子を中心として強大な魔法陣を展開する。
ソピアは禁呪と呼ばれる魔法を詠唱する。
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薄れゆく意識の中で俺は液状の塊だった我が子が光に包まれるのを見た。
その光の中で我が子が人型の姿に変わりゆく光景を見た。
光のなかでぐんぐんと大きくなり8歳くらいの姿まで成長していた。
おそらく俺の魄を与えたことによって急速な成長をしたのだろう。
俺とソピアの子は女の子。かわいらしい顔をしている。
どうやらソピアの禁呪は成功したようだ。
本当に良かった。
一方で、魄という肉体を維持するための設計図を失った俺は、
ぐずぐずと体が腐り肉が落ちていく。
右腕の手首の付け根は肉が崩れ落ち骨が覗いていた。
俺の目の前の世界がバリバリと砕けていく。
これが肉体を失うということか。
今や音も光も感覚も失われた。
だから俺の体がどうなっているのかすら確認できない。
あともうしばらくすれば、
思考も消えてしまうのだろうか。
この世に未練はあるか? もちろんある。
新しい家族で一緒に過ごしたかった。
だけど、後悔はない。
何故なら、最後に我が子に自分の命を捧げる事ができたのだから。
だから……俺がこの世界に来たことは、無駄ではなかった。
「ソージ――妾の子の父を……絶対に死なせたりしないのじゃ!」
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