第8話『ギルドマスターと受付嬢の密談』
なんで、こんなところにギルドマスターが。
いや、単に暇だから冷やかしに来ただけか?
偉い人が全員多忙という訳でもないだろう。
前世では役員室に引きこもって日がな一日、
新聞読んでお茶飲んで帰るだけの、
役員部屋おじさんも居たな。
……厳しいご時世だったから、
そろそろ死滅してそうだが。
「フッ……。ナンセンス」
「賃上げ交渉なんてナンセンスですよね? ギルドマスター。ソージさんに言ってやって下さいよ。ギルドマスター直々にダメなものはダメとガツンと厳しく」
「ノンノンノン。勘違いをしてもらっては困る。受付嬢ちゃん、ボクが言いたいのは逆だ。ナンセンスなのはMr.ソージではなくキミだよ。マドモワゼル」
「えっ……私、なんか変なこと言っちゃいましたぁ?」
微妙にデジャブじみた発言だ。
受付嬢ちゃんまさかの転生者だった?
いや、普通に違うけどね。
そうだったらさすがに驚くわ。
「フッ。受付嬢ちゃん。キミは、男性が女性の服装をするという趣味について不当な評価をしているようだ。趣味にも性癖にも貴賤無し。そういった偏見は良くない。マドモワゼル」
「まあ……理屈ではそうですけど。でも、ギルドに登録している冒険者が……その、特殊な性癖を持っているのは外聞がよろしくないかと」
誤解を解く方法が無いのが辛いところだ。
今のソピアのことを話すわけにはいかないからなあ。
女装おじさんと誤解しているのは出来れば解きたいところだ。
ソピアや今後生まれる予定の子に肩身狭い思いさせそうだからな。
いや、ソピアを王都に連れ出して一緒に連れて歩けば誤解が解けるか。
その時まで我慢だ。
そのためにもあの部屋の封印をいち早く解除することが必要だ。
あー。今後俺はどんな顔で女性用の下着は服を買えば良いのだ。
微妙に王都内の有名人になっているようで気まずいのだが?
人の噂も七十五日と言うし。極力、気にしないことにしよう。
「いいかい。受付嬢ちゃん。この王都は多様性と公平性を重んじている。その理由は何故だか分かるかい?」
「もちろん知っていますよ。この王都は人族だけでなく、亜人などの異なる価値観を持つ種族が暮らしているからですよね。ギルドに登録している冒険者も人族だけでなく亜人も含まれます。だから公平性を保つためにら成果だけを基準に、ランクと、報酬を決める。それがギルドの方針です」
「
「はぁ」
「この議論はこれでおしまいだ。Mr.ソージの報酬は明日分から銀貨5枚に昇給。これはギルドマスター直々の決定だ。ボクが決済した以上、一切の稟議は不要。明日以降から必ずそうするように。良いね……マドモワゼル」
ギルドマスターが俺に向かってウインクをしてきた。
何か、とんでもない誤解をされている気がするが……
報酬を増やして貰えるのだから悪くも言えないか。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ここはギルドマスターの執務室。
受付嬢はギルドマスターの部屋に呼び出されていた。
ギルドマスターが末端の職員を、
執務室に呼び込むのは異例のことだ。
「受付嬢ちゃん。キミがなぜボクの執務室に呼ばれているのか理解しているかい?」
「ソージさんの件でしょうか」
「
「はい。正直、公平性を重んじる我らのマスターにあるまじき判断だと思いました」
「フフ……。それは誤解だ。むしろ"彼の素晴らしい仕事"に対する報酬がいままでたった銀貨3枚だった事がまず不適切だったと認める必要がある。その上で、なお報酬金額を上げた銀貨5枚でも少なすぎるとボクは考えている」
「銀貨5枚が報酬として少ないですか……? ですが、今までの報酬は通例、銀貨3枚までが原則だったはずですが?」
「そうだね。だけどそれは6人パーティー編成での前提だ。6人パーティーを組まないと危険な割に報酬の少ない仕事。それを彼はたった一人で毎日滞りなく完遂している。単純計算でも、彼は最低でも銀貨18枚分の仕事をしていたことになるね」
「それは……確かに、そうですけど」
「更に、彼のパーフェクトな仕事を考慮するのであれば報酬は……銀貨30枚……いや、銀貨50枚が本来は妥当だとボクは査定しているよ」
「さすがにその額は高額過ぎるように思います。その支給額の根拠は何故ですか?」
「王都の地下の下水の流れる先にある、汚水の溜まり場には汚物を糧として定期的に凶悪なモンスターが発生していた。いままではAランク以上の冒険者に発生した凶悪なモンスターの討伐をさせていた。それは覚えているね?」
「はいもちろん」
「でも、この半年の間に……あの地域で危険生物が目撃されたって報告は一度だってあったかい?」
「……まさかそれは!?」
「その、まさかってやつさ。王都の民の日常生活で生じる下水。その汚水のたどり着く先にはドラゴン・ゾンビ、クリムゾン・ワーム、ダーティー・スライム……数え切れない程の凶悪な状態異常を持つモンスターが発生していたのは知っているね」
「……それは……つまり……。下水の最上流である王都の地下下水道の管理をソージさんが仕事を完璧にこなしているからだと?」
「
「確かに……そうですね」
「それに、この王都内でここ半年"ジャイアント・ローチ"や"ポイズン・ラット"を見ないのではないかい? 幼い子どもや女性を食い殺す獰猛で狡猾な"ダーティー・スライム"の討伐依頼も、彼が来てからは一件も依頼があがってきていない」
「まさか……っ! それらも彼が業務中に処分していると?! この地下迷宮と呼ばれる膨大な地下下水道に無数に存在する、モンスターを彼が一人で殲滅していると? そんなの、ありえないです!」
「フッ……。受付嬢ちゃん。今日、この執務室の中で話した話は、ボクとキミとの間だけの最重要機密事項だ。決して外部には漏らさないように。彼が王都に存在することの有益性については正直……ボクも金額で正確に査定することは困難だ」
「承知しました。ギルドマスターのご
「マドモワゼル、私への世辞は良い。もし、彼がこの王都に嫌気が差して王都の外に出ていかれたらその時の損失は膨大過ぎて考えられない。キミは、彼がそうならないために影からコッソリとサポートをして欲しい。くれぐれも気づかれないようにね」
「承知しました。私も奴隷紋を付けた犯罪者に刑罰として強制的に下水道を清掃させる時代に逆戻りするのは望んではいませんから」
「そうだな。それにね。君は、彼の特殊性癖を指摘した。そういった普通は偏見を持たれる趣味を持っているにも関わらず、彼の王都の民からの評価は高い。なぜだかわかるかい?」
「すみません。私には分かりかねます」
「それは、彼の仕事に対する姿勢、人柄が好意的に受け入れられているからだ。多少、彼に変なところがあっても目をつぶろうという暗黙の了解が共有されているようだ。これは彼の"人徳"といってもいいかもしれない。ボクの言いたいことは以上だ」
「ギルドマスター。私の先ほどの私の失礼な発言の数々をお詫びします。大変申し訳ございませんでした」
「わかれば良い。キミにはMr.ソージに勘付かれないよう今後も彼のサポートをお願いしたい。その見返りとして今月から特別手当として金貨2枚追加しよう」
「そんな大金を……。いえ――ありがたく頂戴いたします」
ギルドマスターは受付嬢との話を終えると、
机の上に山と積まれた書類に目を移す。
受付嬢は一礼をして、退出をする。
ソージはそんなやり取りがギルド内で行われていた事を知るよしもない。
ただ交渉の結果、賃上げに成功した事を喜んでいるのであった。
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