第46話 霧島の秘密

 朝会が終わると、ナオミは教室を飛びだした。

 史学準備室には、鍵がかかっていた。桟の上の鍵の隠し場所を探ってみたけれど、見つからない。

 ナオミは扉をノックした。

 何度も、何度も。

 しばらくして、中から顔を覗かせたのは、霧島だった。

「霧島さん。双葉先生はどうしたの?」

 霧島は眉をひそめながらも、中にナオミを招きいれた。

「双葉先生が、どうかしたの?」

 霧島が、双葉先生の名前を挙げてくれたことに、ほっとした。

 ナオミは夢中で、今教室で見てきたことを話した。

 見ず知らずの先生が来たこと。双葉先生のことを、クラスメートがまるで知らない風だったこと。

 それから、昨日の話も繰り返した。地下に続く階段を降りていき、誰かに襲われかけたこと。不思議な部屋に連れていかれ、ペンダントについて尋ねられたこと。

「ペンダントを取られたことと、双葉先生がいなくなったことと、関係がある?」

 ナオミは、霧島が真っ青な顔をしているのに気がついた。

「なんでその話をもっと早くしないんだよ」

「だって、話そうとしても、聞いてくれなかったじゃない」

 霧島は頭を抱えた。身体が小刻みに震えていた。

「霧島さん、あのペンダントは、何なの?」

 霧島は、深々と息を吐きだした。

「だから、おまじないだよ。双葉先生が、俺の不安を和らげるために貸してくれたんだ」

「不安を……?」

「出席日数不足で、留年くらったことは知ってたろ」

「うん……」

「病気なんだよ、俺。いつ死んでもおかしくないんだ」

 始まりは、高校の入学式のことだった。突然、四肢がこわばって動かなくなった。救急車で病院にかつぎこまれた時には、呼吸も止まりかかっていた。

 二週間後、どうにか歩けるようになって退院したが、一学期の終わりになってまた再発した。今度は心臓も止まりかかった。

 心臓マッサージをし、呼吸器をつけ、どうにか持ち直した。今度もしばらくすると動けるようになったが、原因は分からなかった。

「夏休み中、あちこちの病院を転々として検査を続けた。でも無駄だった。どこも悪くないはずだと、さじを投げられた。二学期が始まってからも、病院以外のところも含めて、あらゆるところを回った。精神科医、漢方医、整体師にセラピストに、それこそおまじないみたいなものまで試してみた」

 いつ発作が起きるか分からず、症状もさまざまだった。全身が麻痺したこともあるが、足だけしびれたようになることや、いきなり呼吸だけが止まることもあった。

 高熱が出たかと思えば、次の日には三十五度を切るような低体温になったこともあった。血圧も乱降下を繰り返した。

 一度など、検査結果を見たある医者は、この状態でどうして生きているのか分からないとさえ言い放った。

「今年で二回目なんだ、留年。もう後がない。同級生はみんな卒業して、次の道を進んでいるのに、俺はただ一人、卒業できなかった。下級生に囲まれて、前の年と同じ授業を受けさせられて、最後には強制退学させられるくらいなら、学校なんてこっちから辞めてやろうって思ったよ」

 ナオミはじっと霧島の話に聞き入っていた。

 知らなかった。知ろうとしなかった、というのが正しいだろうか。

 聞くことさえしなかった。病気で留年したという噂は知っていたはずなのに。

 自分のことでいっぱいいっぱいで、霧島さんがどれだけ大変なことになっているか、まるで想像できていなかった。

 どんなに辛かっただろう。一人ぼっちでこの学校に取り残されて、どんなに不安だっただろう。

「そしたら、双葉先生が、俺のところにやってきた。それで、俺の話を聞いて、泣いてくれた。まるで自分のことみたいに、ぽろぽろ涙をこぼしてた。あの人らしいよな」

「うん……」

「正直さ……すごくうっとうしかったよ」

 ナオミは思わず笑った。

「双葉先生はさ、授業に出なくてもいいから、できる限り学校に来てほしいってそう言った。また泣かれても面倒だから、俺も登校できる時はすることにした。先生は、あのペンダントを貸してくれた。少なくとも、不安が和らぐだろうからって」

「不安を和らげるペンダント?」

「感情を抑えるペンダントだって言ってた。不安だけじゃなくて、ほかの感情も吸い取ってしまうって。だから、大丈夫な時はなるべく使わないほうがいいって話だったけど……」

 霧島は少しためらうようにしてから言った。

「俺はなるべく長いことあのペンダントを身に着けるようにしてた。あのペンダントは、感情を吸い取ってエネルギーに変える。先生は、そのエネルギーを集めているんだって言ってたから。ある程度エネルギーが溜まったら、病気が治せるかもしれないなんて言うんだ」

 霧島は、棚の中の頭蓋骨を指さした。

「ああいう気味の悪い代物にも、エネルギーの元? みたいなものがくっついてるんだってさ。ちょっとオカルトっぽくて信じられないけど。だからまあ、おまじないみたいなもんだよ」

 この話を聞いただけなら、ナオミもばかばかしいと思ったろう。

 だが、あれがただのおまじないとは思えない。

身に着けた時に、それまでざわついていた気持ちが突然静まり返ったような、おかしな感じになった。あれがなければ、ホームルームをさぼって階段下に隠れようなんて、考えてみることもなかったはずだ。

何より、ただのペンダントならば、ああして襲われたり、盗まれたりなんてことはありえない。

「あのペンダント……未来の装置なのかも」

 ナオミがそう打ち明けると、霧島は驚いた顔を見せた。

「私……先生の日記を読んだの。物語だと思っていたんだけど、きっと本当の話なんだと思う」

 ナオミは、今まで読んだ内容を霧島に話した。

 双葉先生が、未来の世界で親友を捜して不思議な冒険を繰り広げる物語。そこには、人の心を読み取れる人々や、心を持たない人々がいて、感情エネルギーをペンダントに溜めておくことができること。

 霧島は、はじめ信じられない様子だったが、話が進むにつれ、次第に真剣な表情になった。

「階段の先の地下室もほんとにあったでしょう。だからきっと、先生の言うことは、本当なんだと思う。エネルギーが溜まれば、霧島さんの病気も治る可能性があったのかもしれない……」

 未来の技術を使って、霧島を救う。双葉先生はきっとそのつもりだったのだろう。

「ごめんなさい。そんな大切なものだって知らなくて」

 ナオミは頭を下げた。膝にこすりつけるぐらいに、深く。

「私、探すから。どうやったらいいのかまだ分からないけど、きっとどうにかして取り返すから……」

 霧島は緊張したように唇を舐めた。

「また地下室へ行くつもり? 危険すぎる」

「でも、霧島さんの命には代えられないよ」

「ペンダントを探す前に、双葉先生の行方を捜さないと。先生なら、どうすればペンダントを取り返せるか知っているかもしれない」

「うん……」

 ナオミはうなずいた。

 双葉先生の身も心配だった。

 ナオミのペンダントがきっかけになって、未来の追っ手に連れていかれたのかもしれない。だとしたら、双葉先生の失踪は、自分にも責任がある。

「そのノート、俺にも見せてくれない? 何かヒントがのっているかもしれない」

 一時間目の終わりのチャイムが鳴った後、ナオミは一度教室へ戻り、鞄をとってきた。

 それから史学準備室で、霧島と顔を寄せ合って、ノートの続きを読みふけった。

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